11/19の日記

01:43
小話について
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「月下」
パソコン内に書きかけて詰まった話がいくつか存在するのですが、使えそうな奴を引っ張ってきました。一瞬の殺意が書きたかったのだと思います。兄さんはこういう浮き沈みを繰り返すんだろうなぁ。

「羽化」
まほら様が七郎を気に入る理由を考えていたら唐突に思いついて書いたもので、どう考えても萌える要素なんて1欠片もないのでアップせずにお倉入りしてしまおうかと考えてましたが開き直ることにします。今読み返すと「からくりからくさ」臭が半端ない。
文学作品等を読むと神聖なものって「純粋無垢なもの」「汚れがつきぬけたもの」と二種類存在するようで、キリスト教圏は前者が好きで仏教は後者が好きだよねとかそんなことを考えつつ書いていました。

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01:27
小話「月下」
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夜の闇に沈んだ廊下を、窓から射し込む僅かな月明かりだけで歩いていく。それは六郎が体を改造したことによって得た利点だった。色素の抜けた目は、微かな光からでも歩くのに不自由ない視界を与えてくれる。つまるところ、それは太陽の下での不便を強いられるということでもあったが。得た物は少なく、失った物は数多い。



人の微かな息遣いが聞こえて、六郎は足を止めた。ゆったりとしたそれは寝息だ。それだけでもうだいたい推測はつく。この家の中でくつろげる人間などほんの僅かしかいない。六郎は可能な限り足音を立てないように部屋の中に踏み込んだ。

月明かりがぼんやりと部屋を照らし出していた。

六郎に言わせれば古いだけで座り心地の悪い長椅子に、七郎が―――自分の「弟」が、横たわって寝息を立てていた。
月の青白い光が整った顔を照らしている。長い睫毛、彫りの深い目鼻、男性的ではあるが、まだ甘さを残した輪郭。
起きている時は胡散臭い笑みを貼り付け、甘い言葉を吐き、時に皮肉の混じった瞳でこちらを見下ろすその顔が、今は静謐な眠りに包まれている。

六郎はその美しい光景に胸を掻き毟られるような憧憬を覚える。
それと同時に、猛烈な負の感情が、腹の底から湧き上がってくるのを感じた。

いつものことだった。この感情が一体何なのか、六郎は理解することを放棄している。憎しみか、嫉妬か、別の何かか―――結局どれにも当てはまるようで、当てはまることはない。その曖昧さがどうしようもなく気持ちが悪い。気持ち悪いが、もし誰かが説明しようとすれば、六郎はきっと酷く憤慨しただろう。これが赤の他人の言葉で片付けていいものだとは思えない。

黒くドロドロしていて吐き出してしまいたい。でも、吐き出されたものを見たくはない。

普段の六郎は、こういう気分になったらすぐ弟の前から姿を消すようにしている。不快なものを視界から消すことで、海の上を揺らぐ小船のような精神は再び安定を取り戻す。そして、自分は七郎から逃げたのだという屈辱に焼かれる。その繰り返し。

しかし今回は立ち去ろうと思わなかった。
七郎がこちらを見ていないからかもしれない。

殺してしまおうか。
そんな思いが脳裏を掠める。

今なら殺せる。愚かにも七郎は、鍵のかかる自室ではなく、扉が開きっぱなしの居間で無防備に寝ているのだ。
兄を殺したくせに、兄に殺されることはないと思っているのか。それとも、六郎ごときには不可能だと言いたいのか。「兄さんは優しいね」と哀れんだように微笑むあの顔を思い出して、六郎は奥歯を噛み締めた。

風で七郎は殺せない。全ての風を七郎が支配できるわけではない。それでも不可能だと思う。風を牙にして七郎に向けようとすれば、きっと彼が何を命じなくても、風自身が反旗を翻してこちらに襲い掛かってくる。風使いとしての絶対的な力量の差の前に六郎は躊躇する。
しばし考えた末、滅多に使うことのない懐剣を取り出した。血を吸ったことのない銀色の刃が月の光を吸って冷えた輝きを発している。




これで刺してしまえば全てが終わるような気がした。




無防備に晒された頚動脈の位置に切っ先を突きつける。これをもう数センチ進めるだけで、七郎は死ぬ。生温い血を天井まで撒き散らしながら、断末魔を上げることもできず死ぬだろう。名の知れた暗殺者のあっけない最後を想像して、六郎は口角を引き攣ったように持ち上げる。
所詮死神も人の子、いかに神に愛されていようと身内に狙われれば逃げ切ることなどできない。

おまえはしぬんだよ。だってずるいじゃないか。ひどい。なにもかもとっていくからひどい。にいさんたちからもおれからもなにもかもとっていったじゃないかひどいひどいひどいひどいひどい!!!!!!!!!

―――だから今度はお前が奪われる番なのだ。
六郎はその切っ先を首に向ける。鋭く尖った冷たい金属が、六郎の怒りで熱を帯びているような気がした。
さあ刺せ!ほら早く!心の中でもう一人の六郎が急かす。温かく脈を打つ首に刺すんだ!その首には自分と同じものが流れている。赤い血、扇の血、…両親の血。それだけだ、本当にそれだけだ。自分達の間にあるのはそれだけ。それなのにこんなに憎くて、こんなに……

腕が落ちる。苦しさから床に座り込んだ。

(くそっ、くそっ、くそっ………。)

震える六郎の傍で、穏やかな寝息が続いている。

結局何も変わらなかった。





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01:25
小話「羽化」
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まほらはふんわりと目を覚ました。
長い夢を見ていた気がする。これは夢の続きなのだろうか?それとも今覚めていると思う、そのことが夢なのかもしれない。

別にどちらでも構わない。


「まほら様?」

そう呼びかけられて目を向ける。
張り巡らされた桜の枝の向こうに、宙を飛んでいる男がいた。

この男は見たことがある。いつだっただろうか。その頃より随分年老いている。
今も昔も変わらず、たくさん血を流してきたのだろうと、一目で看破できる男だった。
足元の影は血と怨嗟で凝っている。彼が歩けば、それらもまた、鎖で繋がれた囚人のようにノロノロと足を進めて着いて来る。どんなに振り切ろうとしても決して離れる事はないだろう。何年、何十年、何百年と続く影の行列。あまりにも禍々しく、本来なら近づいては欲しくない類の人間だ。
しかしそうでありながら、まほらは彼を拒絶しなかった。男の気配が不思議と澄んでいたからだ。
ここまで汚濁に塗れているくせに、業のかたまりであるくせに、目が離せないような美しさが、清涼さがあるのはなんでだろう。

―――昇華しようとしているの。

土地がそうまほらに囁いた。
昇華。
意味がわからなくてまほらは少し考える。

―――それは羽化みたいなもの?

その思いつきは全く正しいものに思われた。
まほらだって今は醜い蛹なのだから。いずれ美しく羽化するために、こうして固い殻の中に閉じこもっている。
急に親近感を覚えて男を見つめると、彼は困惑したように問いかけてきた。

「お目覚めになったのですか?」

その問いに、しばし考えてまほらは首を横に振った。
これは夢だ。いや現実だ。どちらでもあって、どちらでもなくて、どちらでもいい。いつか本当に目が覚めればはっきりするのかもしれない。でもそれも随分先の話だろう、この土地は前いた場所よりもちょっと弱い。
その頃には、この男は生きてはいまい。それが残念だった。羽化した彼が見たかったし、羽化した自分を見てもらいたかったのに。

そんなことを考えていると、ゆっくりと再び眠気が訪れる。ああ、もう寝なくてはいけないのか、とても残念だ。
でも早く寝たら早く目が覚めるかもしれない。欠伸をしながら枝と枝の間にうずくまると、男の優しい声がした。

「おやすみなさい」
―――おやすみなさい。

枝がそっとまほらを包み込んでくれた気がした。意識が解ける心地良さに身を任せていたが、沈んでいくような慣れた感覚を感じた途端、眠りの淵に留まって、まほらはふと疑問に思った。

―――わたし、いつか羽化できるのかしら?いつまでこうしていればいいのかしら?

眠っていれば日々はあっという間に過ぎる。羽化するまで、ほんの一瞬だと思っていた。
しかしあの男が羽化した姿を見たいなどと思ったせいだろうか、「未来」を意識したまほらは、初めて不安というものを感じていた。

彼も不安なのだろうか。このまま蛹のままかもしれないと、悲しんでいるだろうか。それはとても可哀相だ。なかなか眠りに沈めなくてグズグズしていると、桜の木がなぜそんなに不安がるのか不思議そうにしながらこう言った。

―――できるよ、だって生物はちゃんとそうなっているでしょう?

ちょっとびっくりした。確かにその通りだとまほらは思う。

―――そうね、本当にそうだわ。

まほらはようやく安心して、微笑みながら目を閉じた。
次に目が覚める時は、あの男にも自分にも、羽が生えているに違いない。それは長く待っただけあって、とてもとても美しいだろう。





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