05/23の日記

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小話「紙上の楽園」
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三学年が始まってからすぐ、毎年度の恒例である調査シートへの記入を求められた。住所や氏名から始まって生年月日、希望進路、そして家族の構成。毎回書かなくてはならないのが面倒くさい。

特に面倒なのは家族構成だった。なにしろ兄弟の数が多い上に年齢まで訊かれる。この年齢というのが曲者で、父親と兄があまりにも歳上のため、不審に思われたり妙な興味を持たれたりすることが多い。家庭事情などそれぞれなのだから放って置いて欲しいものだが、確かに自分が他人なら思わず興味を持ってしまうだろうと思う。その上、七郎自身が他人の興味を惹きやすいようにできている。仕方がないといえば仕方がない。

まあ今回で提出は三回目なのだから、教師から悪戯を疑われることはあるまい。机に頬杖をついてやる気なく右手を動かしていく。



一郎、二郎、三郎



(あ。)

そこまで書いて、七郎は手を止めた。

(そうか、もう書く必要がないのか。)

もう上の兄五人の名前は書かなくてよいのだ。いや、もう書くことができない。

何しろ彼らはこの世にはいない。死んでいるのだから。

(じゃあ父さんと俺と・・・六郎兄さんの名前・・・だけ・・・)

そう考え消しゴムで書いた文字を消そうとするものの、頭の中で反論する声がしてまたもや手が止まった。調査シートから一気に五人名前が消えるのだ。教師が不審に思わないはずがない。

なんと言って誤魔化せばいいのだろうか?
結婚したとか?五人一度に?
正直に死んだと言えば?五人一度に?
身内が死んで葬式となれば、普通なら学校に申請して公休を取るだろう。七郎はそんなことはしていない。なにしろ葬式などしていないからだ。いつ死んだのか不審に思われるだろう。

もし「なぜ死んだの?」なんて訊かれでもしたらなんと答えればいいのか。五人一度に死ぬとしたら事故?そんな事故が起こればニュースにならないはずがない。煮詰まった頭の中で、自分がにこやかな笑みを浮かべて担任に返事をしていた。

「はい先生、実は僕が殺しました!」



なんとも悪い冗談だ。



七郎はペンを取った。消した上からもう一度丁寧に名前を書いていく。


一郎
二郎
三郎
四郎
五郎


これでいい。下手に興味を持たれないのが一番良い。七郎は唇を噛んでその名前を見た。自分が肉塊にしたその名前を。





七郎が切り裂いた兄達は、薄い紙の上で、未だに「家族」として生き続けていた。

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