WEB拍手ログ

□web拍手ログ7
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塵を見るような目だ、と思う。

それは卑屈になった自分の心がそう見せているというだけで、本当の所父の顔に変化は見られなかった。失敗した、という息子の淡々とした説明を同じく淡々と聞いていた。このとんでもない失態がどのような影響を及ぼすか。どう対処するか。今頃頭の中では目まぐるしい速度で計算が行われていることは間違い無い。
彼は息子を怒ることはしなかった。すべては総帥の出方次第だという事なのだろうか。死刑執行を延ばされた囚人のような気分に、七郎は神妙につくった表情が崩れそうになるのを必死に堪えていた。

・・・笑い出してしまいそうだった。

どうするんですか、貴方の息子は役立たずでした。何年も何年も待って、たくさんの失敗作を生み出しながらようやく出来た待望の子供であったのに結果はこれ。

兄のように切り捨てられる未来を想像して。でも実際にそんなことはあり得ないだろうとわかってはいた。
―――もう替わりになれるような子供はいない。
扇家の血を繋げるためには、どうあっても七郎が必要なのだから。それが自分の命綱だった。





謹慎を冷たく言い渡されて七郎は部屋を辞した。
外で待機していた使用人の腕の中にボロボロになったマントを突っ込んで、乱暴な足取りで廊下を進む。そのまま後ろをついて来ようとした使用人を手の一振りで追い払うと、七郎は足を自室ではなく、北側にある小さな座敷に向けた。

湿った臭いのする廊下から、七郎は「入るよ」と声をかけた。当然返事はない。そっと襖を開けると、暗い部屋に明かりが射し込み、空っぽの部屋を虚しく照らし出していた。

ちょっと前までここには自分の兄が寝ていた。彼がいなくなった後も部屋はわずかに気配を残していたが、それも大分薄くなった。数日中には消えてしまうのだろう。

部屋を訪ねると嫌そうな顔をして、益体もない罵り声をあげる。
ちょっと傷ついたそぶりを見せると口ごもる。
それで騙されていたと知るとまた、怒る。

そのやり取りが楽しかったと知ると六郎はどう思うのだろう。いつも本気で怒っていた彼の事だ、馬鹿にされていたのかと思うに違いない。

別に馬鹿にしていたわけじゃない。ただ六郎の姿を見て、くだらない言い合いをしていると安心した。
自分のことを「扇家の」という枕詞も使わず、単なる「七郎」と見てくれているのだとわかったから。

そっと畳に横になった。一点物のスーツに皺がつくかも知れないと思ったが、今はどうでもよい。
ゆっくりと呼吸を繰り返していると、ここにはいない兄がまだ部屋の中にいるかのような、そんな気がする。連日聞いていた小学生並みの罵声がどこからか聞こえてきて、七郎は口元をそっと緩ませた。

腹を立てている姿も、下らない悪戯に動揺する姿も、子供の様に無防備に眠る姿も。すべてありありと思い出すことが出来た。
本当にまだそこにいるのではないだろうか。それでこちらを嫌そうな顔で見ているのだ。もしそうだったらいつものように悲しそうな顔をして見せよう。そうすればブツブツ言いながらも結局弟を追い出すことが出来ず、不貞腐れたように背を向ける。何度騙されても懲りる事がないのだから、本当に笑ってしまう。

その光景を思い浮かべると、外から与えられるものではない、胸の中から湧き出てくる温もりを感じて、ささくれた心が落ち着いていく。
・・・部屋に残された気配に、まるで母親にあやされているような感覚を覚えながら。七郎は小さく笑ってゆっくりと目を閉じた。




(おわり)

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