WEB拍手ログ

□web拍手ログ2
1ページ/1ページ



「たいへん、たいへん、お兄ちゃんが、いなく、なっちゃった!」
ぱたぱたと軽い足音がして、襖が勢いよく開けられる。息を切らせて飛び込んできたのは操と明だった。
「こらっ、乱暴に開けたら襖が壊れるでしょう!」
副長の叱責に「ごめんなさい」と謝りはしたものの頭は別の事でいっぱいなのだろう、調子を崩さず続けて訴えてくる。
「座敷にいた、怪我してるお兄ちゃんがいないの!お菓子持っていった時はいたんだよ!」
「お前達そんなことしてたのか…。」
必死の形相で訴える操、半泣きの明。座敷で寝たきりだった六郎といつそんなに仲良くなったのか、不思議に思いつつも立ち上がる。
「頭領、それはもしかして…」
副長の小さな呟きに正守は頷く。
「ああ、でもまあ一応確認してみよう。」
それに、このまま何もしないでいては子ども達の納まりがつきそうにない。正守は先へ先へと先導する子供達を追って廊下に出た。


ご子息を迎えに来て欲しい。
そう扇本家に連絡をとったのはごくごく最近の話だ。扇一郎と決着をつけるにあたって、彼の存在は人質ととられかねない。正守の扇一郎襲撃の印象が悪くなる。加えて、自分が敗北した時のことを考えると本家にいることがもっとも彼の身を守ることになる、そう判断した結果だった。…しかしそれが一番いいとわかってはいても、心苦しさは消えなかった。
「ここにいていい。」
そういいながら、彼を盥回しのようにして扇本家に戻すのだから。

六郎が寝ていた座敷は酷い有様だった。布団は乱れ、庭から舞い込んだ葉が部屋中に飛び散っている。そう、まるで、

―――強い嵐が来たかのように。

風使い。本家の、それも使用人ではない一族の人間が来たのだろうと正守は当たりをつけた。
「ね?いないでしょ?庭も探したんだけどいなかったの!」
操の叫びはもはや涙混じりだ。正守はそんな操の頭を優しく撫でた。
「心配しなくていい、操。お兄ちゃんは家に帰ったんだ。お兄ちゃんの家の人は風使いだからな。空を飛んで帰ったんだろう。」
「おうち…?」
操は涙の溜まった目を瞬いた。
「そう、元気になったからな。お迎えがきたんだよ。」
「なら…ならいいけど…。」
安堵したような様子を見せながらも、目は未だに不安げに揺れている。室内の様子を見れば仕方のないことだろう。
「しかし、一言声をかけて下さってもよいでしょうにね。」
そう言ったのは、いつの間にか後ろにいた副長・羽鳥美希だった。
「六郎君に怪我をさせたのはこちらだからな。扇家からしたら夜行は遥かに格下でもあることだし、あとで適当な使いの者でも寄越すつもりだろう。」
「…まったく、誰が部屋を掃除すると思ってるんでしょうか。」
美希の呟きに思わず笑い出しながらも、正守は六郎の身を考えずにはいられない。

扇本家がこちらになにも言わず六郎を連れ去った理由。それは勿論先ほど美希に説明した通りの理由もあるだろうが、それともう一つ。
―――本家にとって有り難くない話だったのではないか。
そう正守は思う。兄弟の絆、肉親の絆、そんな言葉が通じるような一族ではないことは「扇一郎」の存在が証明している。六郎が連れ帰られてどんな扱いを受けるのか、正守には想像できない。扇家は覇道の一族だ…力無きものは振るい落とされていく。


ふっと下を見ると、操がじっと俯いていた。
「操?」
そう名前を呼ぶと、操は黙って畳みの上を指さした。そこには、場違いな可愛らしい包装で包まれた飴玉が落ちている。
「どうしたんだ、これ。」
「おにいちゃんにあげたやつ。お菓子、たくさん食べられないからこれだけでいいって…。持っていけなかったんだ。」
「…」
なるほど、歳の離れた弟がいると言っていただけあって子どもの扱いは上手らしい。かつては弟の面倒をしっかりと見ていたのだろう。それが今では「別次元の生物」と言わしめるほど希薄な関係になっている、自分と良守の将来の姿かもしれないかと思うと自嘲の笑みが止まらない。

この飴玉は六郎の甘さの名残なのだ…ほんの少し残った、兄としての甘さ。彼はそれを持っていくことなく、ここに置いていってしまった。

飴玉をじっと見つめる正守に、操は不安気な声をだして必死にすがりつく。



「ねえ頭領。ほんとうにお兄ちゃんは大丈夫なの?ほんとうに?ねぇ、頭領ってば―――。」



(おわり)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ