WEB拍手ログ

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使用人から差し出されたのはシンプルな粥で、食欲など全くなかったが受け取るだけは受け取った。ほのかに湯気をたてるそれを、しかし口に入れる気にもなれず、匙でただただ掬っては落とすを繰り返す。
掬っては落とす。掬っては落とす。何度も単調な動きを繰り返すうちに、催眠術に掛けられたかのように昼間の光景が脳内によみがえる。


―――お兄様方、ついに勘当されてしまわれたのですって。

そんな使用人の声が耳に入り、六郎はぎょっとして立ち止まった。
扇邸に帰ってきてから六郎は自室に篭りっぱなしになっていたのだが、寝たままでは動けなくなると珍しく邸内をうろつき回っていた。七郎は学校に行っているので、顔をうっかり合わせてしまうこともない。力の入らない足腰をそろそろと動かす、そうやって廊下を曲がろうとした時だった。聞いているものなど誰も居ないと油断していたのだろう。

―――勘当って、まさか。
―――そう、七郎様ご自身が、自ら。

肝心な所はぼかされている、しかし六郎はその意味を悟って血の気が引くのを感じた。
勘当。
七郎自ら。
まさか・・・

―――まあ、お兄様相手だなんてお辛いことでしょう。
―――仕方がないですわ、お仕事ですもの。
―――それにまだお兄様がお一人残っているじゃあありませんか。どなただったかしら―――。
―――六郎様じゃなかったかしら。
―――そうでしたか?ええ、まあともかく全員いなくなるより、一人でも生き残っている方が断然いいですよね。
―――そうよねぇ。
世間話のように軽く、軽く交わされる会話。その一言一言が心を抉る刃になっていると、当人達は想像もしていないに違いない。
―――六郎様はご存知なのかしら。
ふ、と自分の名前がでて六郎は身を硬くする。
―――ご存知ないでしょう。耳に入れないようにと、七郎様が。お体の具合に差し支えるからと・・・。
―――まあお優しい。
―――差し支えるようなお体をなさっているようには見えないですけれど?
―――ちょっと、滅多な事をいうものじゃないわよ―――。

足がガクガクと振るえはじめる。冷や汗が体を伝い、猛烈な吐き気がして六郎はその場から逃げ出した。

こういう場所だとは知ってはいた。知ってはいたが、それに心が慣れるわけではない。
七郎が殺した。
兄さん達を殺した。
なんで誰もおかしいっていわないんだ、弟が兄を殺したんだろうが!
そしてなぜ誰も兄達を悼んですらくれないのか。自分達は所詮「七郎の兄」、それだけでしか語られない存在なのか。6人だろうが1人だろうが大した違いはないとそういうことなのか―――

かき混ぜ続けていた粥は今やすっかり冷めてしまい、ふやけてしまっていた。いかにもまずそうだ。
このまま粥を壁に投げつけてしまいたい。こんなもの食えるか。そういって叫んでしまいたかった。何も食べず、何も飲まず、そのまま人生を終わらせてしまえたらどれだけ楽なのだろう。

その誘惑を振り切って、六郎は冷えた粥に口をつけた。まずい。気持ち悪い。それでも途切れることなく匙を運び、口に押し込めることを繰り返した。生きなくては。
いまや兄達の闘いを覚えているのは自分だけだった。六郎は彼らを無意味にしないために、なにがなんでも生き抜かなくてはならなかったのだ。



(おわり)

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