テキスト2

□ログ13
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灰色にどんよりと曇る退屈なはずの学校が今日は鮮やかな興奮に染まっていた。校舎にかけられた横断幕には墨で描いたようなレタリングで『文化祭』とダイナミックに書かれている。
あちらこちらで生徒たちが笑いながら駆け回り、物見高い一般客がチラシを持って歩き回る。まさにお祭りだ。


出店が並ぶ校庭を二階から見下ろしながら絵里は一つ溜息をついた。出店を見て回りたい。回りたいが、この教室から離れられない。しかし離れられないことがこの苛々の原因ではない。
・・・先ほどから背後の友人が煩くてたまらないのだ。

「あ〜あ〜まだかなぁぁぁ、折角可愛くしたのに!待ってるのに!このままじゃ日が暮れちゃうよ〜。」

先ほどから何度このセリフを聞いたことか。とうとう我慢が出来なくなって振り返る。

「ああああもう!」

「え、ちょっとどうしたの絵里」

先ほどまで無視を決め込んでいた絵里が唐突に叫びだしたことに驚いたらしく、机に突っ伏していた扇七子が顔を上げた。


「ちょっとアンタいい加減にしてよね。私だって待ちくたびれてるっちゅうの。他の店にも行きたいのにアンタが散々言ってた愛しの君が来るっていうからワザワザここにいてやってんでしょーが。」

「別にわざわざ見てくれなくても結構ですぅ〜。つーか絵里に見せたら横恋慕される。寝取られる。」

「・・・いーい度胸してんじゃん、化粧と髪してやったの誰だと思ってんの?」

そう低い声で凄むと、慌てたように七子が「違う違う今のジョーダン!」と返してくる。軽く睨みつけながら絵里は拗ねたように言った。

「第一アンタから男取るのなんか無理に決まってんでしょ?なんなのよその巨乳は!マジムカつく」

そう言いながら絵里は七子の胸を指差した。そこには制服の上からでもわかる豊満な膨らみ。メイクも美容も男心も知り尽くした絵里ですら、あの豊満さの入手方法だけはわからない。

絵里の嫉妬に満ちたセリフに、七子は胸の大きさを誇るでもなく謙遜するでもなく、机に突っ伏して嘆きの声をあげる。

「あーあ、あの人がきょにゅーでなびいてくれる人だったらどんなによかったか・・・」

「そういや胸の谷間作戦は見事に空ぶったんだっけ?色気が足りなかったんじゃないのアンタ」

「色気なんてどうやって身につければいいかわかんないっての・・・」


確かに七子には色気というものが足りないが、でもそれでも向こうからわざわざやって来てくれるこの扇七子の魅力に逆らえる男がいるとは未だに信じられない。
なにしろ七子は超がつくほどの美少女なのだ。今日は特に絵里が髪と顔を整えてやったため、アイドル顔負けのオーラを発している。
これでなびかないとか、やっぱりそいつゲイなんじゃないの。
絵里は心の中でポツリと呟く。


七子と絵里は高校入学当初からの付き合いだ。入学直後から七子の美貌(あと胸)は全男子学生の熱い目線を集めていた。遊び人を自覚する絵里にとっては気に食わないことこの上なかったが、一度会話をしてみるとなかなか話があう。そしてよくよく話を聞いてい見ると「絶対本命!」の片思い相手がいるらしい。それを証明するように列をなして現れる恋人候補を七子はすべて一蹴していた(本当に蹴り飛ばしているのを見かけた事がある)。
これならライバルにはなるまい。むしろ可愛い子は一緒にいたほうが得よっとばかりに共に行動するようになった。
しかししばらく一緒にいると、絵里は七子を甘く見ていたということが嫌という程分かってきた。顔とスタイルはもう言うまでもないが、授業を一回聞いただけでテストをすらすら解いてしまう頭脳といい、運動部から熱烈勧誘を受ける運動神経といい、一体この娘のハイスペックぶりはどうなっているのか。神様とは本当に不公平だ。

だが、そんなありとあらゆるものを与えられたかのようにみえる七子に恋愛の神は微笑んでは下さらないようだった。何度もアタックしては何度も振られる。恋愛の達人・絵里が何度かアドバイスをしてやったのにそれすら不発だったらしい。自信を持って推薦した大技もスルーされたことに絵里のプライドは大いに傷つけられた。思わず七子に問い詰める。

『ちょっとどういうこと?そいつゲイじゃないでしょうね』
『ええ!?ちがうよ!・・・多分』
『多分かよ。てゆーかどんな人なわけ?気難しいとか?』
『えっと、格好よくて可愛くて男らしくて硬派なんだけど、単純で臆病でビミョーに格好悪くてでもそこがそそるっていうか、なんていうの?産まれた時代間違った?みたいな古臭さでプライドが高くてそこをへし折るのもまた攻略の醍醐味!床に跪かせたぁ〜いって欲求にかられちゃうの!で、泣かせて首輪つけてよしよししたい〜!も、ほんと素敵!あんな男他にはいないよ!』


―――一瞬訊いた事を猛烈に後悔した。

とりあえず何度も訊きなおした結果、どうやら年上で今の若者らしからぬ硬派さをもった男性のようだった。可愛いうんぬんは七子のその男性への嗜虐心から来ているものと絵里は解釈した。真面目な人間をからかいたく気持ちは理解出来なくもないが、やや行き過ぎな気もする。友人の暗黒面を見つけてしまったことに絵里は脱力した。

それから進展が全く見られないまま時が過ぎ、絵里は諦めろ、男なら幾らでも紹介してやると申し出たが七子は首を縦に振らなかった。一体どんなに良い男なのか。これまで七子に告白した男は校内・外を合わせて三桁に届くというが、その中に彼を超える人物はいなかったというのか。
ちなみに告白されるその度に「本命がいる」と断るものだから、『扇七子の本命』は一種伝説的な人物として学生の間に広まっている。『二次元の男ではないか』という噂も流れていたことがあり、笑いながら否定しつつも実は絵里も内心不安に思っていた。確かにそんな相手に巨乳アピールをしたところで効果があるはずもない。

しかしそんな不安も七子の一言で終わりを告げた。その男を文化祭に招待したというのだ。もしやなにか進展があったのかと興奮しながら問いかけたが、反応からするとどうもそうではないらしい。
まあいい。現実にその男の顔を拝むことができるのだ。誰もが気にする一方、ろくな情報のなかった『扇七子の本命』にこの自分が!
この情報は男子相手に幾らで値がつくやら。なにしろ需要のありそうな相手は両手足の指を足しても足りないぐらいだ。自分の好奇心と利益の為、屋台の誘惑を我慢してこうして七子と一緒に待ち続けている、絵里は全く素晴らしい友人であった。

「それにしても約束の時間から随分たってるよね。本当に来るの?」

「こっちに向かってるみたいなんだけど、ちょっと手間取ってるみたい。抵抗が激しいのかな・・・」

抵抗?
なんの抵抗?
それを訊こうと口を開く前に七子が席を立ったため、その問いが発せられることはなくなった。

「絵里、私ちょっとトイレに行って来るね。」

「・・・あーはいはい。とっとと帰ってきてよね。」


一人になった教室で絵里は携帯のチェックする。七子の本命に会う、と話をした男子から『どうだった?』『オレより良い男だった?』とメールが届いていたため『もう超いい男だった。詳細は・・・焼肉屋とかだったら口の滑りがよくなる気がするの、はぁと』と文章を打って送信したその時。
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