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□ログ7
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未だ完全に復調していない六郎はたびたび熱をだす。体を改造し呪力をあげたところで体そのものが頑強になったわけではないらしい。本人は体調を崩しても黙って耐えるばかりで、見かねて指摘すると怒り出すのが困りものだった。弟に弱みを見せるのが嫌なのだろうが、もしかしたら誰にも告げないのが癖になっているのかもしれなかった。

しかも「熱がある」ということに対して危機感が薄いようで、赤い顔をしながら入浴しようとしたり、薄着でウロウロしたり。自分より七つ年上のはずなのだが、その行動は子供のように目が離せない。外見年齢が変わらないということは精神年齢も変わらないと言うことなのだろうか、万年反抗期のような兄の性格から七郎はそう思う。

その日も熱があるということがすぐにわかった。六郎は肌が白く、色の変化がすぐにわかる。だが七郎はあえて指摘しなかった。もう夜であるしあとは寝るだけだ、このまま大人しく布団で寝ていただこう。七郎はこれから学校の宿題を片付けなくてはならない。高校生は忙しいのだ。

深夜。宿題の途中で、眠気覚ましに手洗いに向かおうと部屋をでた。長く続く廊下をヒタヒタと進む。
死んだような静寂の中、廊下が軋む音にあわせてどこからか笑い声や悲鳴が響いてくる。が、七郎は慣れたものとしてすべて無視した。夜の扇邸はまさにお化け屋敷だ。霊体としての形すら保てないなにかの残滓たちが、昇華することなく屋敷の中を彷徨っている。

子供の頃、その「何か」が父への恨み言を言っているのを聞いた事がある。まだ幼かった七郎は急いで父へ報告に走った。怯えた息子の報告に、彼は何事も無いかのようにシンプルな一言を告げた。
「所詮口だけだ」

今では父親と同じように、単なるBGMという扱いで終わらせている。まぁ心地よいというわけではないのでさっさと用を済ませて部屋に帰ろう。最後の角を曲がった七郎は、目に入ってきたものにぎょっとした。床に真っ白い幽霊が転がっている。

とうとう実体まで出るようになったのか、と思いつつ近寄るとなんてことはない、六郎だった。白い頭髪白い肌。貸し与えたパジャマの色は青だったはずだが、黄色いライトの元では白っぽく見える。なるほど幽霊と見間違うわけだ。

と、のんきな分析を行っている場合ではない。廊下で寝るのが趣味、とかでないなら行き倒れたとみるべきだろう。

六郎はどうやら熱が随分高いようだった。目は固く閉ざされ、汗で白い髪が肌に張り付いている。体に刻まれた呪いさえなかったら、色素異常の子供にしかみえない。七郎はゆっくり兄の体を抱き起こした。触れた背中は布ごしでもわかる程汗ばんでいて、自分が見つけなかったらどうなっていたものやら、と溜息が止まらない。そのまま背中に背負う。風で運べば楽なのだろうが、汗をかいている人間相手では体温を下げてしまい良くないだろう、という判断を下した結果だった。

背負ってみると、六郎は異様に軽かった。大怪我をして療養している最中であるのだから当然なのだろうが、思わず不安になってしまうような軽さだ。昔はとても大きい人だった、そして年月がたつほどにどんどん縮んでいく。―――このまま小さくなっていつか消えてしまうのではないだろうか。
そんな益体もないことを考えてしまう自分に、小さく七郎は笑う。


部屋に連れ戻し、布団に六郎を寝かせた。汗を拭いたり着替えさせたりしたほうがいいのだろうが、あいにく布も無ければ着替えもない。使用人を起こせばいいのだろうがそれは気がひけた。しかしこのまま部屋に戻ることも出来なくて、七郎はせめてもの看病にと袖で六郎の顔を拭う。すると袖の下で睫毛が震える感触がした。

「あ、ごめん兄さん、おこしちゃった?」
出来るだけ優しく話しかける。対する六郎の声は小さくかすれていた。
「だれだ・・・七郎・・・?」
「うん。兄さん、廊下に倒れてたんだよ。覚えてる?」
「そう、だっけ・・・。」
熱が高いせいで、意識が曖昧のようだった。存外素直に返事が返ってくる。
「お前、明日学校だろ・・・早く寝ろよ・・・。」
「そんなことは心配しなくても大丈夫だから。それより具合はどう?」
六郎がどう答えるかはほぼ予想がついていたが、あえて尋ねてみる。
「別に悪くない。」
「・・・兄さん」
「本当だ」
「兄さん!」
「・・・・」

「兄さん、お願いだから。辛い時は辛いって言ってよ。・・・心配なんだ。」


我ながら情けない声を出してしまったと思う。その哀願に満ちた響きに、六郎がひどく動揺したのがわかった。しばしの沈黙の後、聞き逃すかと思う程小さな声で呟く。

「寒い・・・」
「寒い?ああ、体冷やしちゃったんだね。」

汗をかいた状態で廊下に寝ていれば体が冷えるに決まっている。しかも扇家は古いだけあって隙間風が良く吹き込むのだ。
さて布団を新しく自室から持ってくるとして、やっぱり体を拭いた方がいいかもしれない。そうしたらやっぱり汗にぬれた服も脱いだ方がいいだろうし・・・まあ寝巻きではなくとも乾いた服ならなんでもいいだろう。そこまでの思考の後立ち上がろうとすると、服を引っ張られてガクンと膝をつく。
驚いて見下ろせば服の裾を六郎の手がしっかりと握っている。六郎の意識自体はすでにとんでいるらしく、目は閉ざされていた。

「ちょっとちょっと・・・」

これは思わぬ事態だった。振りほどこうとするも、血の気の失せる程強い力で握りこまれた手はなかなか解けそうにもない。

「毛布とりに行きたいんだけどな・・・」

寒いっていってたじゃん、と七郎は口を尖らせた。まあ握った手が微かに震えているのをみると、寒いことは寒いらしい。さて、どうしたものか。しばし黙考する。実はアイデアがないわけでは、ない。ないのだが。

「はぁ・・・多分朝起きたら怒るだろうなぁ。」

そう言いつつ、覚悟を決めて兄の布団の中に潜り込んだ。こうすれば毛布がなくても暖かい。ちょっと布団が汗で濡れているのが気になったが、我慢できないほどでもなかった。
新しく熱源を得た六郎はそれを手放そうとしない。それは一向に構わないが、明日起きたら六郎は自分の行動に憤死してしてしまうのではないかと心配になってしまった。
それにしても、誰かと同じ布団で寝るなどいつ以来の話なのだろう。隣の温もりが心地よいような落ち着かないような、不思議な気分にさせられる。こんな気分のまま眠れるわけがないと思ったが、六郎の寝息をきいているとどんどん眠くなってきた。まるで優しい催眠術でもかけられているような―――

自分のものではない暖かさに意識が解けていくのを感じながら、明日は兄よりも早く起きられることを天に祈った。


(おわり)

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