無現黙示録

□第参章
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―――あれはいつ頃のことだっただろうか



静かな森の中、生気を感じられないほど静かだったのに、今はパチパチと音が聞こえている。

涼しい村の中、寒くて重ね着をしていたときもあったのに、今はとても暑くて、薄着にしてもまだ暑い。

誰かが歌ってる、でも歌は上手くない、泣いてるように、叫ぶように声色が変わって楽しくない。

真っ赤な人形がやってくる、鬼ごっこ? 残念、私は捕まらない、腕が無いんじゃ捕まえられない。

皆が私を探してる、いつもは楽しいかくれんぼ、でも目玉が無いんじゃ見つけられない。



?「――――――ぁ」



気づいてしまった。気づかなければ良かった。でも、気づかなくてはいけなかった。

家も、村も、森も、人も、何もかも真っ赤かの真っ黒。ううん、みんな燃えて炭になっちゃったんだ。

どうして燃えたの? 火の不始末? 自然発火? 落雷? それとも・・・私?



?「よくやった♪ 上出来じゃないか、流石だな・・・菊里」



ふと肩に、周りの温度とは対極に、冷たい手が置かれて私は小刻みに震えた。ゾッとするような感覚に不快感が生まれてくる。

聞こえてきたのは男の声、いやまだ声変わりを終えたばかりの、まだ掠れたような低い声だった。

この声には聞き覚えがあった。でも思いだしたくなかった。好きだったはずの声色だったのに、今は苛立ちが溢れてきた。

振り返ると、いつものように扇子を広げて口元を隠す、冷たい瞳をした青年が立っていた。ああ、よかった―――聞きたいことがあった。



菊里「―――どうして」



何とは言わない。言う必要がない。聞きたいことは、すぐそこで盛大に行われていることだから、答えて、と青年の目を見つめた。

青年は答えない。もしかしたら何かを語っているかもしれないが、彼の表情は扇子で読めず、声は周囲の轟音で聞こえない。

先ほどのように、凜とした声で、私の名前を呼んだときのように話してほしかった。でも私は、そんな要望を言うことはできない。

もう体から水分が全て無くなった感じ、勿論そんな状況になったことないから分からないけど、渇いた口から声は出ず、喋ろうとすれば咳込むだけだった。



?「―――なぜ」



黙り続けていた青年が、私にも聞こえる大きさで語りかけてきた。だが質問ではない、彼のなぜは疑問を示していた。

私はどうして、と彼に尋ねた。それは目の前の惨事は私が、彼の命令に従って行ったこと、でも私がしたことは村と関係ないことだった。

生れつき魔力が魔術師のもつ平均魔力の数倍を保持していた私。幼い頃、私は魔力が暴走して故郷を滅ぼした。

行き場を失ったところを、彼が拾ってくれた。暖かい笑みを浮かべて、一緒においでと言ってくれた少年。それが青年―――大華 扇鬼(ダイカ センキ)だった。

私の憧れ、夢―――依存していたのかもしれないが、彼は笑って、私のことを受け入れてくれた。その彼が発端で、この村は・・・!



扇鬼「なぜ泣いている、なぜ悲しみを抱いている、なぜ喜ばない・・・俺は菊里が望んだまま、望んだ全てを叶えてやったのに―――さあ、見なよ・・・滑稽だろ? お前を蔑み、罵り、拒み、苦しめた輩は塵となって消えた・・・憐れよなぁ!」



違う! 私は自分を苦しめた人達を殺したかった訳じゃない! ただ認めて欲しくて、受け入れて欲しくてやったことなの!!



扇鬼「菊里は言ったなぁ・・・魔力を抑えられれば、きっと村の人間は認めてくれるって・・・ふざけてんのか、テメェ?」

菊里「―――――っ!?」

扇鬼「俺より優秀で、綴莉からも好かれている菊里ちゃん♪ そして、あまりにも俺を信じすぎた馬鹿な菊里ちゃん・・・従順で無垢な奴は騙しやすい、お前もなかなかに愉しめたよ」



嘘だ。そう考えている自分が馬鹿らしい、だけど扇鬼が私を絶望に落として悦ぶような狂人だなんて信じられない。

けれど、そんな甘い考えも、次に扇鬼が口を開いたとき音を立てて崩れ落ちた。それは、私が変わってしまった理由で一番重要な言葉。



扇鬼「でもやっぱり、人は一人ずつ殺さないとなぁ・・・お前の両親を殺したときに比べて、ちょいと冷めてるぜ」



―――は? 今、何て言った? 殺した? 誰を・・・誰を殺したって・・・? 両親、誰の? ―――私の、私の両親を、殺した。



菊里「―――!!!」

扇鬼「おっと・・・焦るなよ」



気づけば私は扇鬼に飛び掛かっていた。殆ど動かない体に鞭打って、無理に体を感情の赴くままに働かせていた。

でも扇鬼は、興味もなさ気に私を払いのけて、両手を魔術で拘束して、そのまま跪かせた。

扇鬼は私の耳元に顔を寄せて、いつもを違う、とても昂揚した声で私に囁いた。



扇鬼「もう少し大人になったら相手してやる・・・それと、俺が憎いなら死ぬ気で俺を追え、俺をコイツらみたいに殺してみせろ―――大量殺人鬼、瑠璃乃 菊里ちゃん♪」



だから私は変わった―――大華 扇鬼を殺そうと決意した。

だけど、それは苦難の道ということを、この時の私はまだ知らなかった。
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