無現黙示録
□第弐章
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――1986年3月4日――
紅く色づきそびえ立つ城の中で、豪華なシャンデリアと長机が置かれた食堂に、住人である四人が座っていた。
主人である吸血鬼は、カップに注がれている紅茶を一口すると、眼を細めて口を開いた。
ヴラド「…という訳で、あの子は私が育てるわ」
リリー「何が、という訳なのよ…人の子を拾ってきた挙げ句、吸血鬼の貴女が育てるだなんて…倫理の乱れね」
ヴラド「相変わらず毒舌ね…ならリリーが面倒みてくれる?」
リリー「おあいにく様…私はあんな化け物を育てる趣味も、主義も、義理もないの…分かるかしら、吸血鬼様?」
魔女、リリー・ファンタズムは飽き飽きしたように長い白い髪を揺らすと、紅茶を一気に飲み干した。
素直じゃないわね、と愚痴を漏らす吸血鬼、ヴラド・ツェペシュに、リリーが額に怒りマークを浮かべて、先程のカップが投げ飛ばした。
ヴラドは首を傾けてカップをかわすと、カップが絨毯に落ちそうになるが、寸前で従者であるセキナ・アロンダイトがキャッチした。
カップを新しいのに取り替えて、紅茶を注ぐと苦笑いしながら苛立つリリーの前に置いた。
リリー「大体ね、あの子の中…混沌すぎるわよ……あんな小規模な器に数多の魂、私たちより化け物だわ」
ヴラド「だから拾ってきたのよ、このくらいの特異がないなら、私が忽ち吸い殺してたわ」
セキナ「あはは…しかしヴラド様、あの少年に何をさせるおつもりですか?」
ヴラド「そうね…ミーシャの執事にでも仕立てましょうか♪」
リリー「――――は?」
ヴラドがリリーの向かいに座り、テーブルに体重を預けて眠りについている金髪の少女を指差した。
すると、何言ってるのコイツと呆然とする リリーを見て、ヴラドは悪戯じみた笑みを浮かべた。
隣りに仕えていたセキナも主の突拍子もない発言に、瞬きを繰り返した。
ヴラド「聞こえなかった? ミーシャの執事にするのよ♪ それなら、ハルは鍛えられるし、ミーシャは精神が育つでしょ?」
リリー「鍛えられる前に消し炭にされるわよ! 全く…分かったわ、私があの子の面倒をみるわよ」
ヴラド「あら、それは助かるわ♪ 引き取ったわ良いけど、子守なんて知らないもの…リリーは優しいのね♪」
リリー「勘違いしないで頂戴、貴女に育てられるより、私が面倒をみた方がマシだからよ」
リリーの悪態に、酷いわね、とだけ返事をして紅茶を啜るヴラド、その姿にリリーは溜め息を吐いた。
そして紅茶を飲み干すと、魔法で宙に浮きながら食堂の出口にまで移動すると、立ち去り際にセキナに対して口を開いた。
リリー「あの子が目覚めたら私の元まで寄越しなさい…ミーシャに見つからないようにね」
セキナ「了解しました…ではヴラド様、私は少年の様子を確認しに行かせてもらいます」
ヴラド「ええ…私は自室に居るわ、それと後でミーシャを部屋へ送ってやりなさい……それと、ハルは魔力でも流し込めば起きると思うわよ」
セキナ「はい、それでは失礼します」
セキナが空間を開きカップや食器を収納すると、剣を鞘にしまい足早に食堂から立ち去った。
ヴラドは椅子から立ち上がると、未だに眠りこけるミーシャの頭を軽く撫でて食堂を後にした。
セキナは、春が眠っている部屋にやってくると、数回ノックして返事がないのを確認すると室内へ入った。
ベッドに横たわる春に近づくと、額に手を置き魔力を巡らせて体内に流し込み、暫くすると春が重い瞼を開けた。
春「―――う、ん……あれ?」
セキナ「気が付きましたか…ヴラド様の仰ったことに間違いはありませんでしたね」
春「あの…貴女は誰、ですか? それに、此処…って」
セキナ「それは追々お伝えします…私の名は、セキナ・アロンダイトです……ではハル、お連れする部屋があります」
セキナは剣を抜き何もない場所に振るうと、空間が歪んで別の部屋へと繋がる道を切り開いた。
目覚めたばかりの春を抱えて足早に空間へ入り、歪曲した空間を修正すると、入れ替わりのように金髪の少女が部屋に入ってきた。
金髪の少女――ミーシャ・シュトルゥム・リヒトは、部屋を見渡すと残念そうに俯いた。
ミーシャ「んーセキナと一緒に人間の気配がしたんだけどな〜? うーん、気のせいかな…消しちゃおうと思ったのに」
セキナ「此方に居られましたかミーシャ様」
ミーシャ「あ、セキナ♪ ねえねえ! セキナは人間と一緒に居なかった?」
セキナ「いいえ、大体この城に迷い込んだら死んでしまいますので、ミーシャ様がお間違えになられたのでわ?」
ミーシャは小さく唸ると納得したように、元気に頷いてセキナな連れられて部屋へと戻った。
―――だが、ミーシャが舌なめずりをしてたのは誰も知らない―――