無現黙示録

□第壱章
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血染めの桜の名を持つ屋敷にそびえ立つ桜の大木。その前まで歩むと、柚は顔を上げた。

顔を上げた先には一本だけ赤く染まっている太い枝がある。それを見ると眉をひそめた。



柚「あれから、もう三年ですか…」

?「そうだね、まだ立ち直れないかい?」

柚「っ!? あ、秋人様…すみません、お気づきになりませんで…直ぐに接待の用意を」

秋人「いや、今日は楓ちゃんと湊の子供を見に来たんだよ…それは果たせたみたいだしね」



秋人は柚に抱かれている春の頭を撫でると楽しそうに笑った。春も先程よりも深い寝息を立てた。

柚は少し笑うと、何かを思い出して秋人に問い掛けた。



柚「秋人様、この度はおめでとうございます…ご子息が誕生するそうですね」

秋人「ん? ああ、早百合には苦労をかけると分かってたから拒んでたが……あいつが子供を欲しいっていうからさ」

柚「まだ先になるお話ですが、お名前は決まっているのでしょうか?」

秋人「決まってるよ…女の子で雛って言うんだ、早百合が決めたんだ……にしてもだ」



秋人は春の頭から手を離すと桜を見上げた。未だに舞い続ける花びらに秋人は驚きの声を上げる。


それを見て柚も桜を見上げた。「血染めの桜」と呼ばれる理由がある。

花びらが血のように赤く、舞うときは辺りの色を奪うように一面染まるからだ。

しかし、血染めの桜の奇怪な現象は他にもあり、何の因果があるのか花びらが落ちずに終わる年があるのだ。



秋人「いや驚いたね…まさか、あの日以来舞わなかった花びらが、今日に限ってこんなに舞うなんて」

柚「…春様がお生まれになったからだと思います」

秋人「春…ああ、楓ちゃんたちの子か……なる程ね、確かに琴音様に似ている…男児として誇るべきか知らないけどね♪」



その言葉に柚は小さく笑みを零した。すると、秋人は羽織っていたコートから包み紙を出した。

秋人は包み紙を柚に渡すと後ろを向き、屋敷の出入り口へ歩きだした。少し困惑していた柚だが、直ぐに秋人へ問い掛けた。



柚「秋人様! これは…」

秋人「なぁに…お祝いだよ、湊にでも渡してくれや♪ それと、まだ寒いから春ちゃんが風邪を引かないようにね〜」



秋人は右手をヒラヒラさせながら足早に出て行ってしまった。

柚は包み紙を懐にしまうと、寒そうに柚の方へ体を寄せている春を大事に抱きかかえて屋敷の中に入っていった。







ーー視点・桜賀湊ーー




とある病院の一室に医師と共に何かの書類を見ながら考え込む桜賀湊がいた。

湊は少し俯きながら、何度も書類を見返していたが、しばらくして顔を上げると口を開いた。



湊「……悠谷さん、この書類にあることは本当なんですね?」

悠谷「ええ…検査の結果に間違いはありません……彼女の持病は酷くなっている、このままでは子供にも影響が出ます」

湊「だが、このまま見過ごせない…何か手だてはないんですか!」

悠谷「……湊さん」



悠谷さんは興奮して立ち上がった僕の肩を押さえて再び椅子に座らせた。

僕は書類の内容に腹が立った。当然だ…何せ新しい生命を貶すような内容だったからだ。

僕の意志が伝わったのか悠谷さんは重々しく口を開いた。



悠谷「私とて見過ごす訳ではありませんよ…この子と同じ症状を持つ子を、この前検診しましてね…少し分かってきたんですよ」

湊「本当ですか!? お願いします…この子に嫌な思いを背負わせたくないんです!」

悠谷「同じ名家でも分かりませんね…どうして神夜を助けたいんですか? 貴方は全くの他人でしょうに…」

湊「…私は父のようになりたいんです……私を命懸けで守ってくれた父のように…!」



腿の上に作った握り拳がギチギチと音が鳴ったように聴こえた。だが、それ程に僕に決意がある。

三年前まで蔑んできた父…しかし、命日から三年間ずっと誇らしかった父のようになりたい。

悠谷さんは溜め息を吐くと後ろの机から新たな書類を取り出した。



悠谷「理由はもういいですよ…ただ、この病気に関して知るには……もう一つ書類を見ていただかねばなりません…ですが」

湊「…何か不都合でも?」

悠谷「…いえ、他人にご執心なされる貴方に見せるには辛いかと…」

湊「何を………っ! まさか」

悠谷「ご安心を…貴方の子ではありません…が、貴方の親族の子です……名を桜賀雛、母は桜賀早百合、父は桜賀秋人…」

湊「なっ!?」



その時、目の前が真っ暗になった気がした。きっと今僕は血の気が引いた青い顔をしているだろう。

まさか、二人の子が…そんな思いが頭を駆け巡る中、頬を何かが伝う感覚で目が覚めた。

気づかない内に泣いていた。悲しい…でも、僕が今するのは泣くことじゃない。



湊「…書類を、見せて下さい」

悠谷「…わかりました」
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