過去拍手お礼SS
□傘と小さな嘘と
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拍手お礼SS第13弾☆
『傘と小さな嘘と』
・・・・・・・・・・・
短縮日課のために午前で下校になった校内は、ひっそりと静まり返っている。
一年間世話になった2年生の教室とも明日の修了式でお別れ、約10日間の春休みの後4月からは3年生になる。
クラスメイト達が帰った後もなんとなく物悲しくて、放課後の教室にひとり残っていたけれど・・・雨が降り出した事に気がついて慌てて教室を飛び出して来たのだった。
昇降口から外を眺めて、ひとり呟く。
「折り畳みだけど、傘持ってきて良かった・・」
今朝の天気予報で午後から雨の予報だったので、通学鞄に小さめの折り畳み傘は持って来ていた。
降り始めにもかかわらず結構強い雨足に溜息を吐き、折り畳み傘を取り出そうと鞄に手をかけた、その時。
「やっぱり降って来ちゃいましたね。君も今帰りですか?・・・あれ、傘・・・持っていないんですか?」
背後から掛けられたその声に、一瞬で頬が赤く染まる。
「わ、若王子先生・・・あの」
担任の若王子も丁度帰宅するところらしい。身支度を整えて、その手にはダークグリーンの大きな傘が握られていた。
・・・あの傘に、一緒に入れたらいいのに・・・
そんな考えが、質問への返答を一瞬遅らせた。
「ややっ、その顔は・・・持ってきてないんですね?
ふむ、結構雨強く降ってますし、これは傘が無いと大変です。良かったら、先生の傘に一緒に入りませんか?お家まで送りますよ」
「え!?い・・・良いんですかっ!?」
願っても見ない若王子からの誘いに、思わず声が大きくなった。
「はい。どうぞどうぞ」
ニッコリと微笑むと、若王子はグリーンの傘をバッと開いた。
・・・鞄の中の折り畳み傘には申し訳ないけれど。大好きな人との相合傘には代えられない。
(すみません先生・・・嘘ついちゃいました)
心の中で呟くと、傘の入った通学鞄をギュッと抱きしめた。
・・・・・・・・・・・
「で、今日の大掃除の時にハリーとはるひが・・・」
「やや、それはそれは!うーん、先生もその場にいたかったですね。あ、そうそう。今日職員室でね…」
若王子が持つ傘の下、二人は楽しく話をしながら肩を並べて歩く。
折り畳みよりは大きかったけれど、ひとつの傘に二人の人間が入るのならばそれなりに肩を寄せなければならない。
歩くたびに、肩が触れたり離れたり・・・ちょっぴり恥ずかしい気持ちになる。
「あはは、そんな事があったんですね!あ・・・」
会話の最中になんとなく気になって、ふと若王子を見ると・・・傘から出ていた外側の肩が、雨に濡れてビショビショになっている。
「先生っ・・・肩がビショビショじゃないですか!もっとちゃんと傘に入らないと風邪ひいちゃいますよ!」
傘の柄に手を添えて、ぐいっと若王子の方へ押し返す。突然触れた手の感触に、どちらともなくピクリと体を震わせる。
「・・・や、先生は大丈夫です。先生の服は安物ですし、どんな服でも出勤できます。それよりも君の体の方が心配ですから・・・制服も、明日の修了式も着ないといけないでしょう?」
「でも・・・」
・・・そう。明日は修了式。
2年間一緒だった担任の若王子とも、明日でお別れかもしれない。
4月からまた若王子学級になれる保証は何もないのだ。
「・・・明日で今のクラスとも、・・・若王子先生ともお別れなんですよね・・・」
「そうですね、3年生になったらまたクラス替えがありますからね。でも新しいクラスでもきっと君ならすぐに馴染めますよ?それにお別れと言っても、同じ学校の中には居ますから」
やけにあっさりした反応だ。若王子は自分との別れを惜しんではいないのか。
「はい・・・そう・・・ですよね」
気持ちの温度差に、なんだか悲しくなる。
「・・・若王子先生は3年生の担任に持ち上がりなんですか?・・・新しいクラスとかって・・・もう決まってるんですか?」
「ややっ、それを聞きますか・・・えーと・・・確かに決まってはいるんですけどね。学校の決まりで、4月の新学期まで生徒には教えちゃいけない事になってるんです。・・・ごめんなさい」
「そうですよね・・・すみません、無茶なこと聞いちゃって」
いくら若王子でも、秘密の情報を漏らすのはまずいのだろう。
「・・・あ、もうお家に着いちゃいましたね」
「ホントだ・・・先生、ありがとうございました」
いつの間にか着いてしまった自宅。
後ろ髪を引かれる思いで屋根つきのポーチにかけ込むと、再度若王子の濡れた肩を見る。
・・・明らかに、先ほどよりも濡れていた。
「先生、ちょっと待っていてください!今、家の中からタオル持ってきますから!」
「いえ、気にしないでいいですよ、このまま帰れますから。それにこれは・・・僕のせいでもあるんですから」
(先生のせい?)
・・・そんなはずは無い。
若王子が濡れたのは明らかに自分のせいだ。
折り畳み傘があるのにもかかわらずに嘘をついて、若王子の傘に入って・・・もし本当に風邪でもひかせてしまったら・・・
「ごめんなさい、先生っ・・・あの、ホントはわたし、自分の傘持って来てたんです!ちゃんと正直に言ってれば先生が濡れる事も無かったのに・・・でも、でも・・・」
『先生と一緒の傘に入りたかったから』
その一言が言えず、言葉を飲みこんだその時。
「・・・なんだ。僕と一緒ですね」
若王子は苦笑いでそう呟くと、自分の通勤鞄から黒い折り畳み傘を出して見せた。
「えっ、先生傘・・・2本持って来てたんですか?」
「うん。雨が降るって朝ラジオで聞いて・・・一応家から折り畳み傘を持って出たんですけどね。思った以上に雨が強く降ってきたので、化学準備室に置いてあった大き目の傘で帰る事にしたんです。そしたら君が昇降口にいたので・・・ね」
そう言うと若王子は、「はは」と恥ずかしそうに微笑んだ。
「若王子先生・・・!」
「・・・うん。・・・君と一緒に帰れて良かった。・・・じゃあ、僕はこれで」
そう言って踵を返した若王子は、門の所で何かを思い出したように振り返った。
「あ、そうだ。4月の第二日曜日は予定、開いてますか?」
「え?・・・はい、確か何も無い筈ですけど・・・」
何があるのだろうか。
疑問に思い首を傾げる。
「良かった。じゃあ、その日は空けておいてください。課外授業をする予定なんです」
「えっ、でもその頃はもうクラス替えで・・・」
「ん?」
ニッコリと、意味深な微笑みを見せる若王子。
「・・・3年生になってから、初めての課外授業ですから。きちんと参加してくださいね?」
おしまい☆