小説2
□お目付け役
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「大佐ぁ〜。これにサインくれませんかねー」
ノックもそこそこに、私の返事も待たず執務室の扉を開けたハボック。
ソファーに座って今度はお絵描きをしていたエルは、ハボックの姿を見るなり書類にサインをしていた私に駆け寄り、背中に隠れてしまった。
「俺、そんなに怖いっスか……?」
書類を手に、情けない顔をしながら私のデスクに近づくハボックに、気にするなと声をかけた。
エルはハボックを怖がっているというより大人を怖がっているのだ。
これまでの過去を振り返れば無理もない。
今のところ、私とリザ、主治医のミシェル先生や入院中身近にいた看護師の数人の大人にしか気を許していないようだ。
「エル、大丈夫だから顔を出しなさい」
後ろを振り返り、椅子の背もたれに隠れているエルに顔を向けた。
大人が怖いのはわかるがこのままだといつまで経っても託児所に預けることができないし、それ以上に今後のエルの将来にも関わる。
出来るだけ刺激しないように優しく声をかけると、エルはゆっくりと背もたれから顔を覗かせた。
「ジャン・ハボック少尉だ」
そう紹介すると、ハボックはエルが怖がらないように穏やかな声でよろしくなと言った。
エルは少しびくびくしてはいるものの、ハボックの子供受けしそうな笑顔と私の知り合いということで『この人は安全だ』と理解したらしい。
背もたれから私の横に移動し、軍服の袖をきゅっと握り締めながら、
「こんにちは」
と、小さな声だが挨拶をした。
そんなエルに、いい子だなと頭を撫でる。
「フュリーがエルと遊びたいって言ってましたよ」
膝にエルを抱き上げていると、ハボックが早くサインをくれとせがみながら司令室の会話をしはじめた。
フュリーは子供好きだからな。
エルが懐いたらたまに預かってもらうのもいいと思いつつ、ハボックが持ってきた書類にサインをした。
「エル、後で司令室にも行くか。ママもいるぞ」
まずは近場の大人から慣らすのがいいだろう。
ママもいると言うと、エルは下から私を見上げ行きたそうな顔をしている。
そんなエルの頭をくしゃりと撫でると、後で行こうなと額にキスをした。
「大佐もヒューズ中佐みたいになりそうっスね」
苦笑気味に言うハボックは、そろそろ戻りますと執務室を後にした。
確かに私もヒューズのようになってしまいそうだ。
娘がこんなにも愛しいものだとは知らなかった。