小説
□卵焼き
1ページ/3ページ
「駄目だわ……」
出勤1時間前。
いつもなら、そろそろ家を出る頃だけど。
「片付けなくちゃ……」
出勤する前に、このめちゃくちゃになったキッチンを片付けなければいけない。
流しに転がっている卵の殻を拾いながら、ため息をついた。
(今夜も卵焼きね……)
正確には、卵焼きもどきなのだけれど。
別に料理が苦手というわけではない。
ただ、どうしても卵焼きだけは作れなかった。
だからこうして練習をしている。
どうして朝っぱらから卵焼きを作っているかというと、それなりに理由があった。
それは遡ること一週間前。
大佐と食事をしているときだった。
「…卵焼きが食べたいな」
そう大佐がぼそっと呟いたのだ。
それ以上大佐は卵焼きについて何も言わなかったけれど、私の頭にはしっかりとその言葉がこびり付いた。
……というわけで、ここ一週間卵焼きの練習をしているのだが、さすがに食べ飽きてしまった。
(どうして卵焼きだけ作れないのかしら……)
明日大佐がうちに来るっていうのに。
「あ、もうこんな時間」
再びため息をつきながら時計を見ると、出勤時間まで40分を切っている。
残りの卵の殻を生ごみ入れに放り投げると、急いで軍服に腕を通して家を出た。