小説
□片想い
1ページ/11ページ
あなたに触れられるなら、何もいらない
あなたに愛されるなら、何もいらない
叶わない願いなら
ただ苦しむだけなら
こんな想い、消えてしまえばいいのに……
いつもと変わらない執務室の風景。大佐は相変わらず気だるそうにしながら、一向に減らない書類と向かい合っている。
(どうしてあんな人に惚れたのかしら)
そんな取り留めのないことを考えてみる。
仕事もちゃんとしないし、何より女癖が悪い。
だけどあの気だるそうな仕草が、ときより見せる真剣な横顔が、たまらなく愛しかった。
(私、馬鹿みたい)
どんなに好きになったって、あの人が振り向くはずなんてないのに。こんなことばっかり考えて、本当に馬鹿みたい。
「中尉」
ため息をついた瞬間、 悩みの元凶が私を呼んだ。
「はい。なんでしょうか」
背もたれにもたれながら、うーんと背伸びをしている大佐のもとへ歩を進める。
「書類のチェック終わったぞ」
ようやく終わったと、疲れた表情で呟く。
そんな彼さえかっこいいと思ってしまう自分は重症だ。
「なんでいつもこんなに書類が多いんだ」
ぶつぶつ文句を言いながら、大佐は私にサインをし終えた書類を手渡した。
「誰かさんがサボらなければ、もう少し早く終わったはずなのですけどね」
そう言うと、大佐は眉間にしわをよせ、あさっての方向を向いて黙ってしまった。
子供っぽい仕草に思わず笑ってしまう。
「お疲れ様でした。今日はゆっくりお休みになってください」
「ああ」
短く返事をすると、大佐は立ち上がり帰り仕度を始めた。
きっとこの人は真っすぐ家には帰らないのだろう。今も何気に髪の毛を気にしているところを見ると、今夜も誰かとデートのようだ。
(行かないで)
そう心の中で呟いた。
届くはずなんてないのはわかってる。
だって、大佐は私の想いなんて知らないのだから。
神様なんていない。
いつだって自分の努力次第だから。
だから。
私自身が伝えなきゃいけないの。
でもそんな勇気私にはない。
拒絶されるのが怖い。
一方的な想いほど、救われようのないものはないだろう。
(仕事に戻ろう)
これ以上考えても意味のないことだ。
小さく深呼吸をして、自分の席に戻った。
「お先に」
扉に迎う大佐の背中を見送りながら、
「お疲れ様です」
と、声をかけペンを握った。
神様なんていないのはわかってる。
それでも……
神様。
ほんの少しでいいから、あの人が私に振り向いてくれますように。