小説2
□お目付け役
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ここは東方司令部執務室。
カツカツとペンを滑らせる音以外、何一つ聞こえない。
…いや、パラパラと絵本を捲る音も聞こえるな。
「エル、お昼寝しないか?」
「まだ朝です」
そう言って小さな指が指し示す時計の針は午前11時になろうとしているところだ。
確かにまだ朝だな……と呟くと、エルは再び絵本に集中しはじめた。
なぜエルが私の執務室で絵本を読んでいるかというと。
私達は軍に所属する身で一日中子供の面倒を見ることは出来ない。
軍の敷地内に託児所もあるのだが、まだこの生活に慣れていないエルをいきなり託児所に入れるのは可哀相だと、しばらく職場で面倒を見ることになったのだ。
おとなしく絵本を読んでいてくれるから手は掛からない。
しかし……。
(これではサボれないではないか!)
さすがの私も、娘の前でそんな怠惰な姿は見せたくない。
たぶんそれをわかってリザはエルを執務室に置いたのだろう……。
「どうしたんですか?」
知らずにため息をついていたらしい。
エルは絵本から視線を上げ、心配そうにソファーから私を見ていた。
「な、なんでもないよ」
『サボりたくてため息をついた』なんてエルに言えるわけがない。
憂鬱気味だった表情を笑顔へとすり替え、大きな茶色の瞳で私を見つめているエルに笑いかけた。
「よし、頑張って仕事するぞー……」
わざとらしく声を張り上げると、今度はエルに聞こえないように小さくため息をつき、渋々ペンを滑らせはじめた。