小説2
□お目付け役
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「エル?どうした」
昼食を済ませ、残りの書類を右手に抱え、左手はエルの小さな手と繋がっている。
司令室の前に着いたところでエルが急に足を止めたので、どうしたのかと顔を覗き込んだ。
「…さっきのお兄ちゃん以外にも誰かいますか?」
私を見上げる大きな瞳は、不安でゆらゆらと揺れていた。
握られた手にほんの少し力が入る。
「ああ、いるぞ」
今日は確か全員いるはずだ。
そう言うと、エルはさらに顔を不安そうに歪め俯いてしまった。
「大丈夫。みんな優しい人ばかりだよ」
だから中に入ろうと、俯いたままのエルの手を引き司令室の扉を開けた。
するとエルは握っていた手を離し、私の背中に隠れてぎゅっと軍服を掴んだ。
「あら、大佐。もう書類のチェックは終わったんですか?」
中に入ると、真面目にペンを滑らせていたリザが手を止め私を振り返った。
私の後ろにエルが隠れているのには気付いてないらしい。
「いや、残りはここでしようと思ってな」
そう言って残りの書類を見せると、部屋のあちこちから珍しいと驚きの声があがってきた。
「この時間にそれだけしか残ってないなんて珍しいっスね」
「明日は雨ですね」
「てことは明日の大佐は無能じゃないですか。残業決定ですね」
……こいつら、私が黙っておけば好き勝手に。
部下達の失礼極まりない会話を黙って聞いていると、リザがあら?っと首を傾げた。
「エルはどうしたんですか?」
やはり私の後ろにいる娘には気付いていないようだ。
そんなリザに後ろと、自分の背後を指差した。
「そこにいたの」
ようやくエルに気付いたリザは、一瞬驚いた様子だったがすぐにその表情を笑顔に変え、椅子から立ち上がりその場にしゃがみこんだ。
そして両手を伸ばして私の後ろに声をかける。
「おいで」
まるで犬を呼ぶような仕草だが、エルはひょこりと顔を出すと走ってリザに抱きついた。
そんな娘にリザはいい子にしてた?と優しい母の顔をして問いかける。
エルはぎゅっとリザに抱きつきながらはいと頷くと、嬉しそうに笑った。
「エル、お兄ちゃん達にご挨拶は?」
エルを抱いたまま立ち上がったリザは、自分にしっかり抱きついている娘の顔を覗き込んだ。
ほら、とエルを抱き直しフュリー達に顔が見えるようにする。
「ケイン・フュリー曹長だよ。エルちゃんよろしくね」
にっこり笑って挨拶をするフュリーに、エルは小さな声でよろしくお願いしますと返事を返す。
それから同じようにブレダ、ファルマンとエルに声をかけ、そのたびに小さな声でこんにちはとエルは挨拶をした。
「もしかして今日大佐が書類溜めてないのってエルちゃんがいるからですか?」
リザに抱かれているエルの頬をぷにぷに突いていると、フュリーがあ!と声を上げて私に目を向けた。
フュリーの言葉に周りが一斉に『あぁ』と頷く。
「娘の前じゃサボれませんよね」
「エル、パパは本当はいつも仕事サボってママを困らせてるんだぞ」
「ハボック余計なことを言うな!」
さっきの無能発言といい、こいつらは余計なことばかり……!!
上司を上司とこれっぽっちも思っていない部下達を追い回していると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ほら、仕事しますよ。うるさいパパね?」
笑い声の主は愛する妻と、そして愛する幼い娘。
二人とも可愛らしい笑顔だが、うるさいとは酷いな……。
「パパはお仕事ちゃんとしないんですか?」
リザと一緒に笑っていたエルが、次は不思議そうな顔をして私を見つめてきた。
汚れのないその瞳がなぜか痛い……。
「そ、そんなことないぞ!?おまえら遊んでないで仕事しろ!!」
私のサボり癖は周知の事実だが、エルだけには知ってほしくない。
ブーブー何か言っている部下達を尻目に、出来る父親像を見せるため自分の机へと向かった。