小説

□昔の過ち
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「超かっこいい!」





すっかり中尉に懐いたエヴァンは、さっきからずっと彼女にくっついている。






引き出しに入っていた銃を引っ張りだし、目をキラキラさせていた。







「こら。危ないでしょ」




中尉はエヴァンを軽く叱ると、小さな手から銃を取り上げた。





エヴァンはというと、叱られたのにケロッとしている。







「それお姉ちゃんの?」





取り上げられた銃を見ながら、もっと見せてと手を伸ばしている。







「そうよ」





でも危ないからもうおしまいと、中尉は銃を引き出しに片付けた。





エヴァンは名残惜しそうに引き出しを見つめている。








「大佐ー。迎え来ましたよ」






ハボックの声に振り向くと、その隣に綺麗な黒髪の女性が立っていた。





その女性は肩より少し下まで伸びている髪を掻き上げ、目を潤ませながらエヴァンに駆け寄っていく。








「エヴァン!心配したじゃない……っ!」





ぎゅっとエヴァンの小さな身体を抱き締めると、ホロリと女性の瞳から涙が零れた。







「ご、ごめんなさい……」




母親のこんな必死な姿は見たことがないのだろう。






少々驚いた表情をしながら、エヴァンは小さな声で謝った。








「どうしてこんなところまで一人で行ったの」





女性は息子と同じ高さでエヴァンに問いかけた。





エヴァンはごにょごにょと喋りだす。







「だって、ママがこの人が僕のパパだって言ったから……。だから、会いに来たんだ」






そう言って、エヴァンは私の顔を仰ぎ見た。




その瞳は、切なそうに歪んでいる。







「そう……」




女性は困った表情で立ち上がり、私の前に立つと








「ごめんなさいね。ロイ君」




と言った。











………ロイ君?








そんな呼び方をする知り合いなどいただろうか。







昔の記憶を辿りながら、彼女を見た。










少し垂れ目ぎみの二重まぶた。






綺麗な黒髪。








そして何より、左目の下にある泣きぼくろ。




















「ジュリアか!」




ようやく思い出した。




彼女は学生時代の同級生で、遊び仲間とまではいかないがあの頃はよく話したものだ。







「髪が伸びてたから気付かなかったよ」




昔はすっきりとしたショートカットだったので、なんだか見たことのある顔だなと思っていたがなかなか気付けなかった。








「ロイ君は変わらないわね」




あの頃のままと笑うジュリアは、すっかり大人の女性に成長していた。









「それで、エヴァンは……」





お互いを懐かしむのはこれくらいにしておいて、そろそろ本題に入る。







私の言葉に、ジュリアは申し訳なさそうな顔をした。









「迷惑かけてごめんなさい。エヴァンはあなたの子じゃないわ」








それは、エヴァンの母親がジュリアだとわかったときに気付いていた。







なぜなら、私はジュリアと関係を持ったことがないからだ。









「嘘だ!」





黙って私達の話を聞いていたエヴァンが泣きだしそうにしながら叫んだ。





小さな肩が、大きく震えている。








「ママ、嘘でしょ?ねぇってば!」







泣きじゃくりながら、母親にしがみつくエヴァン。






ジュリアはしゃがみ込むと、エヴァンの頬に流れた涙を掌で拭った。








「ごめんね。エヴァンのパパは、もういないの……」




「え……?」






切なげに笑った母親に、エヴァンは小首を傾げた。








ジュリアは少し間を置くと、エヴァンによくわかるように、ゆっくりと話しだした。






「エヴァンの本当のパパはね、エヴァンが生まれてすぐに死んじゃったの」






ジュリアの穏やかな声が、静まり返った室内に心地よく響く。







「もともと、繊細な人だったんでしょうね。仕事のことですごく悩んで、苦しんで、自分で命を絶ってしまった……」






そのときのことを思い出したのだろう。





ジュリアは窓の外を眺めているが、どこか、遥か彼方を見ているようだった。








「エヴァンはずっとパパに会いたがっていたでしょう?でも、もういないって知ったら悲しむと思って……」





本当にごめんなさいと、ジュリアは頭を下げた。












「……パパは、僕のこと好きだった?」






変声期をむかえていない男の子特有の甲高い可愛らしい声が不安そうに呟いた。





しかし、その目は母親をしっかりと見据えている。








「当たり前じゃない」





エヴァンのサラサラの髪に指を通しながら、ジュリアはにっこり微笑んだ。







「そっか」




同じようにエヴァンも笑う。




どうやら、一段落着いたようだ。










「私がエヴァンに嘘を言ったばかりに、皆さんに迷惑をかけてしまってすみませんでした」





私達に向かって、ジュリアは深々と頭を下げた。






エヴァンもつられて




「ごめんなさーい」




と、照れ臭そうに謝った。







「迷惑だなんて」




「楽しかったですよ」






口々に部下たちは言葉を発した。





実際、みんな楽しんでいたのは事実だ。









「本当に楽しかったよ」




ぽんとエヴァンの頭を撫でた。





母親似の触り心地のいい髪だ。








「僕も楽しかった!」





涙の跡はもう残っていない。





エヴァンは元気よく言うと、にっこりと笑った。
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