初恋

□あたたかなて
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病院から診断書を握りしめて外に出た。

ああもう何してんだよ。
自分の体調も把握できてないだなんて。
また高野さんに自己管理ができてないだのなんだの言われてしまう。

そう思いながら、会社に連絡を入れるためにポケットから携帯を取り出し高野さんに電話をかけた。
喉が少し嗄れ気味なので声がちゃんと出るのか気になりつつ。

「もしもしお疲れ様です。小野寺です。」
「ん。お疲れ様。なんだ?」

馬鹿にされると思いながら高野さんに用件だけを伝える。

「あの、えと、言いにくいんですがインフルエンザにかかりまして…」
「インフルエンザ?あーじゃあちゃんと外出許可でるまでしっかり休めよ。」

あれ?思っていた返しと全然違う。
いつもと違う高野さんの態度に思わずドキッとしてしまった。
いやいやいやこんなことでドキッとするな俺。
高野さんもあの返しは風邪ひいた部下に対する仕事上の決まり文句みたいなものなんだよ。
インフルエンザにかかった人に対する決まったお返しの言葉なんだよ。
だから別に心配されてるとかなんか思ってない。

「あと、夜に見舞いにでも行くから鍵開けとけよ」
「え!や、結構です。インフルエンザうつりますし、あと部屋にはお上げしたくないというか…」
「部屋まだ散らかってるのか?そんなのできてねーからインフルエンザなんてかかるんだよ」

前言撤回。
やっぱりいつも通りでした。







病院から自宅に帰ってきて
楽な格好に着替えて布団に潜り込む。
と、熱にやられた頭は休息を必要としていたのかすぐに眠りについた。





どこか遠くの方から物音がする。
食器と食器が擦れる音。
なんだか懐かしくて心地いい気分になる。


薄らと目を開けるとカーテンから差していた光が消えていた。
もう夜なのかとぼぅっとした頭で考えていた。
起き上がると頭から何かが落ちてきた。
一瞬何が落ちてきたのかわからなくてびっくりしたが、それはタオルだった。

あれ…?俺いつの間にこんなことしたっけ?

帰宅してからのことを熱と寝ぼけている頭で考えていると、寝室に人が現れた。

「おー目ぇ覚めたか。具合どうだ?」
「え!た、高野さん!!?え、なん、ど、えっ」
「夜見舞いに行くって言っただろーが」
「い、インフルエンザうつりますよ。てか、なんで勝手に入ってるんですか」
「お前ドア開けっぱなしだったぞ」

あー…そういえばドアの鍵を閉めた覚えは、ない。

俺が決まりが悪そうにしていると、高野さんがお粥を渡してくれた。

「悪い、台所を少し借りた。これ食って薬飲んでとっとと寝て治せ」
「あ…すいません。」

高野さんは俺の頭にポンと手を乗せて
こういうときはありがとうございますだろーが普通。謝んな。
と言って頭をくしゃくしゃと撫でた。

「体調崩してる時こそ三食ちゃんと食べろよ。コンビニ食とか栄養ドリンクとかじゃなくてちゃんとしたやつ食べろ」
「…はい」
「あとはだなー…」

風邪をひいたときや体調を崩した時の対処法や対策を色々教えてくれた。
なんだか高野さんって…
「過保護なんですね」

そう言うと高野さんは俺の額をぺちっとたたき、
「馬鹿野郎、心配してんだよ」

そう言われて、初めて高野さん心配されてると自覚して、今朝思っていたことを思い出し、ぼぼぼぼぼぼぼっと火がついたみたいに顔が熱くなる。
きっと今俺は顔が真っ赤なんだと思う。
今朝うっかり考えてしまったことが脳裏に浮かんで恥ずかしい。
だけど、高野さんに心配してもらって嬉しい。
そんなことはない、そんなことはないって頭で言い聞かせても心臓の音は鳴り響いていて、それは俺が否定していることを否定してくる。

高野さんが眉間に皺を寄せて見つめてくる。
俺がぼうっとしていて何も言ってこないからだろうか。
いつもみたいに、他人行儀みたいにありがとうございますって言っておけばいいんだと考えても、熱でやられた脳は言うことを聞かず、


「は!え、や!あのっそうじゃなくて心配が嬉しいとかそうじゃなくてですね!お粥ありがとうございますおいしいです嬉しいですってことでしてえとその…」
「ふーん、嬉しかったんだ」
「いや、そうじゃなくて、そうじゃなくてですね…」
「そうじゃなくて?」
「そ、そう………………です」

あ、穴があったら入りたいぃいいいいいいい!!!!
馬鹿だろ俺!本当に馬鹿!
ああもうさっきの俺を誰かいっそのことこのころしくれ…
なんであんなこと口走ったんだよなに言ってんだよああもう、ああもう!!!

と、俺が自分のやらかしてしまったことに悔んでいると
高野さんは無言で俺の頭を2回ぽんぽんと軽くたたき、
ちゅっと唇に触れるだけのキスをしてきた。

それは一瞬の出来事。

「え、…は、なん、た、高野さ…」
「心配してやった御礼は今度、インフルエンザが完治した後にでもいただくわ。今日はこれだけ。風邪に免じて何もしないでおいてやる」
「え!いや!ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ?今してほしいのか?」
「断じて違います!えと、その今日は…あ、ありがとうございます。って、わっ……んぅ」

あっという間に顎を取られて深めの口づけ。
角度を変えて舌を吸われたり、絡められたりして、なんとも言えない妖艶な音が部屋に響く。
熱のせいで抵抗も出来ず、そのまま高野さんに身を委ねてしまった。




翌朝、起きてみると高野さんはもう居なかった。
昨晩の、その…あれで汗をかいたせいか昨日よりは幾分かマシになっていた。
腰は少し痛いけど…


熱のせいなのか手だけが異様に温かい。
だけどその手の温かさはなんだか心を落ち着かせてくれる。
俺は寝室できゅっと手を握りしめた。


20110429

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