キリリク
□彼と彼女の恋愛事情 ―side M―
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「……う…そ」
目の前の状況が理解出来ず、いや、理解したくなくて、呆然と呟く。
やっと綱吉君をその気にさせることが出来たと思ったのに、突然白い靄が彼を包んだと思ったら次の瞬間、僕の上に落ちてきた誰かが足を滑らしてそのまま床に落ちた。
驚いて固唾を呑めば、姿を表したのはまだ幼い綱吉君の姿で。
落ちた時にパジャマについたワインの赤を自分の血と勘違いして大声を上げてそのまま気絶してしまったのだ。
「…もう、バカじゃないですか。ワインと血液の違いくらい一目瞭然でしょうに」
思わず憎まれ口を叩いて、膝を丸めまさかの展開にがっくりと肩をおとす。
「…さいあくです。今度こそ上手くいくと思ったのに」
彼に想いを受け入れてもらえて、晴れて恋人同士になってもう数ヶ月。
救い出され当初まともに日常生活を送ることも出来ない僕を、いつも隣で見守ってくれていた彼。
ただ隣に居てくれて、笑いかけてくれるだけで嬉しくて、抱きしめられたり、キスをしたり、それだけで心臓が破裂しそうなくらい嬉しかった。
だけど、いつまで経っても一向にキスから先に進んでくれなくて。
気が付いたときには色んなきっかけもタイミングも全部逃していて。
(だから僕なりに彼をその気にさせようと努力してきたのに…)
足繁く部屋に通ってはベッドに潜りこんで一緒に眠ったり。
無意識のふりを装って彼に擦り寄ってみたり。
バカみたいだと思いながらも部屋の中では露出の高い服を身に纏ってみたり。
それでも何もしてくれない彼に、自室じゃその気にならないのかもしれないと、一緒に仕事で海外に行った時に手違いを装って一緒の部屋に泊まったりもした。
だけど結局彼はその気になってくれなくて。
「綱吉君のバカ…。」
ボーっとこの数ヶ月の自分の頑張りを思い返せば虚しくなるばかり。
なんだか色々考えすぎて、悔しいのか悲しいのか情けないのか、それすらもうよくわからないけど。
ぐすっ
ただ湧き上がってくる感情に押されて瞳を濡らし始めた雫を乱雑に手で拭ってチラリとソファの下を見やれば、大の字で転がっているまだ子供の綱吉君。
入れ替わってからもう30分は経つ。
通常のバズーカであれば5分で戻ってくるはずなのになかなか彼は戻ってこなくて、僕の体はまだ彼を欲して熱いままで。
けれど床で転がっている彼は、彼だけど彼じゃなくて、だから僕のこの熱を解放してもらえるわけもなく。
目の前の彼のせいじゃないとわかっていても、僕の気持ちも知らずにのうのうと気持ち良さそうな寝顔を見せている彼に沸々と怒りが沸いてくる。
「なんで僕がこんな悶々としながら君の寝顔眺めてなくちゃいけないんですかっ」
可愛さあまって憎さ百倍。
まさにそんな気分で間抜けな寝顔の彼を眺めていたら、目に付いた彼のパジャマに広がっている紅。
そして視線を少し逸らせば、真っ白なラグにも広がっている紅。
「………」
その紅色に、ちょっとした悪戯心が沸いて。
「…恨むなら、いつまで経っても手を出してくれない5年後の自分を恨んでくださいね」
気を失っている彼にそう呟いて、ゆっくりと自分の唇に同じように鮮やかな赤いルージュをひいて彼に近付く。
至近距離まで近付けば、彼の匂いだけで反応する自分自身の身体を落ち着かせるように深呼吸をして、
すやすやと眠る彼の両頬と、額、そして唇に、
しっかりとキスを落として。
「…おやすみなさい、綱吉君。」
元の時代に戻って意識を取り戻した後大騒ぎするだろう彼を想像しながら、
(…5年前の綱吉君はこれで許してあげますけど、)
熱の解放を求めて未だ疼く身体を引きずって、自室へと戻った。
(…綱吉君は、まだ許さないですからね)
そう心の中で呟いて、小さく舌を出しながら……。
end→(おまけ)