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□7月7日、晴れ
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「綱吉君、ちょっと気分転換に散歩しませんか?」
「え?今から?」
「はい、今からです」
僕の突然の誘いに驚いたように顔を上げ目を瞬かせて。
「…うーん、行きたいけど」
「なら、行きましょう、ほら、早く」
「っわ、ちょっ、骸待ってって」
困ったように笑って僕の誘いを断ろうとする彼の腕を強引に取り、外へと僕は連れだした。
「考えに行き詰まった時は気分を変えるのが一番なんですよ?」
彼を連れだした理由はもちろん今コトバにしたこと。
だけどそれだけじゃなくって。
7月7日、晴れ
「黒曜センター?」
「ええ、久しぶりでしょう?たまには、いいかな、と思いまして」
「え?中入るの?」
「せっかくですから」
散歩と言う名目で連れ出されたどり着いた目的地に、意味がわからないと首を傾げる綱吉君の手を取り、時を止めたままの廃墟へと足を進めれば。
「っ、これっ……」
暗闇の中に広がる光景に綱吉君は絶句して、歩みを止めた。
ーーー今、僕らの目の前に広がるのは。
通路の両側に並ぶ月明かりに照らされた巨大なてるてる坊主。
そして言葉を失った彼の手を引き進んだ先に待っていたのは、床一面に敷き詰められた、小さなてるてる坊主達。
その中の1つを手に取り唖然とする彼の掌に乗せれば、ゆっくりと視線を僕から掌へと移した彼。
そして次の瞬間には、ぎゅっとそれを握りしめると僕を見て
「……これ、昔クロームが俺たちのためにって頑張って作ってた…」
「クフフ、思い出しました?懐かしいでしょう?」
「そっか、今日、七夕……。」
遠い昔の記憶を思い出し、嬉しそうに笑ってくれたから、僕はそっと彼の胸に擦り寄るように寄り添った。
「骸?」
「懐かしいですね。クロームが僕達のために頑張ってくれてから、もう10年も経ちました。
僕、凄く嬉しかったんです、あの時。
例えこのまま、死ぬまでこの身が捕らわれたままでも、こんなに僕のことを想い、考えてくれる君が、仲間がいるならば誰よりも幸せだと思った。」
「……骸」
「綱吉君、僕ね。正直、あの頃こんな日がくるとは考えていなかったんです。
でも、今こうして僕は自由になって、こうして何時でも君と寄り添うことができる。
織姫や彦星のように一年に一度しかチャンスがないわけじゃない。それって」
幸せなことですよね?
そう告げようとしたコトバは、音になる前に彼の中に入り溶けていった。
そして代わりにそのコトバを君が
「俺たち、すっげー幸せだね」
情け無いくらい破顔したカオで、僕が伝えたかった想いを何十倍にもして、返してくれるから。
「綱吉君、もう一度外に出ましょうか。空、見ましょう?」
「うん」
あの時と同じように君と、沢山のてるてる坊主を越えて、外へ出る。
そうすれば、10年前は作り物でしかなかった満点の星空が広がっていた空には、
「綺麗だね。七夕にこんなに晴れるのって珍しいんじゃない?」
雲1つない、幾千もの星々に照らされたホンモノの夜空が僕達を包みこむように広がっている。
「これだけ晴れてたら、織姫も彦星も満足いくまで一緒に居れるね、きっと」
そして僕の隣では大好きな君が、いつも以上に満面の笑みを見せてくれるから。
彼がまだ持っていた小さなてるてる坊主を手に取り、空に掲げて。
「喜んでくれくれないと困りますね、僕、頑張りましたから。」
「それ、骸が作ったの?」
「もちろん」
「あの、部屋にあったのも全部?」
「まあ、多少は幻覚で盛ってますが…。でも、そうですね。50個以上は作りましたよ?」
「ま、マジで?なんでそんな頑張っちゃったわけ?」
「クフフ、それは秘密です」
「えー、なにそれ、余計気になるじゃん」
何時も君と一緒にいれるようにと、
君が僕だけを求めてくれるようにと、
雨を降らせるために作っていた逆さまに吊るされていたてるてる坊主。
けれど今日、ふと思い出したんです。
クロームが、僕達のために、晴れるようにと、僕たちの笑顔が見たくて一生懸命作ってくれたてるてる坊主のことを。
だから今日は僕が君に笑顔をあげたかった。
だから、頑張ったんです。
だけど、そんなこと、君は知らなくてもいい。
だから。
「君はそれより、アルコバレーノからの難題の解決策を考える方が先じゃないですか?」
何時ものように話を逸らして。
「っげ、そーだった!」
「どうです?気分転換して、少しは良い案が浮かびそうですか?」
「うーん、そうだな。浮かんだ気がする」
「おや、それは是非聞かせて欲しいですね」
「それは今から2人で考えるんだよ」
「え?」
「俺1人でなんて悩んでても答えなんて出ないけどさ、きっと骸と一緒なら、解決策、見つかだろ?」
「なんですか、それ。僕に考えろと?」
「いーじゃん。ね、手伝ってよ」
「僕、ずっとてるてる坊主作ってたのでお疲れなんですよね」
「骸様!お願い!お願いします!なんでも骸の願い叶えてあげるから!」
「おや、君が叶えてくれるんですか?じゃあ、そうですね」
「っちょ、無理難題はやめてよ?」
急に狼狽える綱吉君に苦笑しながら態と考える振りをして空を見上げる。
ねえ、綱吉君。
僕が君に望むことなんて、本当は1つしかないんです。
それは10年前からずっと同じで、
そして君はずっとそれを叶え続けてくれた。
それをまだ、この先もずっと、叶え続けてくれますか?
僕が君に望むこと。
僕が君に、叶えて欲しいこと。
それはきっとこの先もずっと同じ。
ねえ、お願いです。
ずっと、
この先もずっと、
僕のことを、
離さないで。
END