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□"永遠"を刻むオト
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十数時間後、綱吉の宣言した通りイタリアの地面を踏んだ僕らは、待ちかまえていた黒塗りの車へと乗り込んでいた。


結局飛行機の中でも何のためにイタリアへ行くのか、どうしてこんなに急なのかを尋ねたい僕をほったらかして惰眠を貪っていた彼のせいで、何にもわからない状態で。




(まあどうせ行くところなんてボンゴレ本部くらいしかないでしょうけど…)



けれど何も考えてなさそうに終始笑顔の綱吉の様子を横目で窺いながら、何故いきなりボンゴレ本部に行くのだろうかと彼の意図を推測しているうちに、僕らを乗せた車は僕の全く意図しない場所で止まった。




「骸、到着したよ。ほら行こう」

「……え?」



言われるまま降りれば、目の前に聳え立っているのはボンゴレ本部からはかなり離れているのではないかと思われる町外れの廃ビル。



「…なんですか、此処。なんでまたこんなところに……?」



黒曜センターに負けずとも劣らないほどの廃墟を見た途端、今まで以上に機嫌を良くした彼に疑問の言葉と共に訝しげな視線を送るけれど。

当の本人はと言えば、待ちきれないとばかりに僕の手をひきビルの中へと足を踏み入れる。




「う…わあ、そうそうこんな感じだったなあ。なんか暗くてじめってしてて」




電気もなく薄暗いビル内。

建物の構造を知らなければ立ち止まることなく前を進むことなど困難な程視界の悪い中を、どこか嬉しそうに確かめるように懐かしむように前へ前へと進む彼にますます疑問が深まる。



「君ここに来たことあるんですか?」



本来であれば、こんな暗がりの廃ビルなんて、彼の一番苦手とするところだろうに、意気揚々とした彼の表情と、昔を懐かしむような言動に声をかければ、



「うん。でも俺、このビルがどこにあるかなんて覚えてなかったし、それにもしかしたらもう失くなっちゃってるんじゃないかってちょって不安だったんだよね」



なんて嬉しそうに微笑みながら彼は答える。

階段を上がり、奥へと進んで更にもう一度階段を上がり、3階に辿り着いた最初の部屋で綱吉が止まった。



「変わってないな。ここも」



そのままゆっくりと全体を見渡して感慨深げに呟く彼に、どうやら彼の目的地に着いたのだろうと判断した僕は、もう何度も口にした疑問ももう一度彼に投げかけた。




「…綱吉、そろそろ教えて下さい。なんでこんな場所に来たんですか。一体何が目的なんですか」

「知りたい?」

「当たり前です。突然人の部屋に…」

「今日で一年なんだ」

「……?一年?何がですか」



意味がわからず訝しげな視線を送る僕を見て、綱吉はそっか、骸にはわからないよねって一人納得したように呟くと、目を閉じ一つ息を吐いて、




「一年前の今日、ここで、俺はお前をあの世界から連れ出したんだよ」

「…………え」




僕を、僕の先の遠いどこかを見つめながら、1年前のその日のことを思い出すように語り始めた。





「ボンゴレ9代目にお願いして、復讐者に骸の解放を要求して。

ここで復讐者に会って、

ここでお前の精神が行方不明だって聞かされて、

ここで、お前を助けるため精神世界へ行くかどうかを決断して、

ここに肉体を残して俺は、お前に会いに行ったんだ」

「……ここから、君、僕の精神世界に?」





初めて聞く話だった。


綱吉は僕を助けるまでの経緯なんて、一度も話さなかったし、僕も聞かなかった。


まさか、こんなところで復讐者と取引していたなんて…。


思わず先ほど綱吉がしていたようにぐるりと部屋を見渡せば、綱吉がそっと僕の手を取り、僕の視線を自分へと誘う。


「だからさ。汚くってボロボロで、蜘蛛の巣ばかりだしいつ取り壊されても仕方ないくらいの建物だけど。ここは俺にとってはすごく大事な場所なんだ。だってここから始まったってことでしょ?今の俺とお前。」




そして、いつものように嬉しくてたまらないって笑顔で、握った僕の手をそっと自分の方へと引き寄せるから、僕は抗うことも躊躇うこともなく、素直にその力に身を任せ。




「ねえ骸。あの時あの精神世界で俺がお前に言ったこと、本当に覚えてないの?」




抱きしめられた彼の腕の中、僕の耳に届く、少しだけ期待の色を滲ませた彼の声。




「…覚えてません、何にも。」



けれど僕は、その彼の欲しい言葉がわかっていて、でも咄嗟に前と同じ嘘をついて。



「…そっか。」



そうすれば、少し残念そうに小さく響いた声に、チクリと小さな棘が刺さる。


だって本当は、全部、覚えてるから。


彼が何を言ったのか。


僕がなんて言ったのか。


こうして彼に抱きしめられたことも。



(……本当は、全部、覚えてる。)




けれど、一度ついてしまった嘘は、取り消すことなんて出来ないから。

だから僕は、あの時と同じように彼を傷つけているとわかっていても、黙っていることしかできなくて。

居たたまれなさを隠すように彼の腕から逃れれば、




「じゃあ骸。俺、あの世界でお前に言ったこと、もう一回ここで言うよ」



素直に僕を放した綱吉は、突然そう言って僕に向かって手を差し出た。




あの時と、同じように。





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