「……し、……よし、綱吉、どうしたんですか?」 「………え?」 ゆさゆさと揺らされて、意識を浮上させれば、俺を心配そうに見つめる瞳とあった。 「……む…くろ?」 「変な夢でも見てたんですか?」 「……………へ?」 怪訝そうに眉を寄せる骸が伸ばす手を取り、起き上がれば、ポタリ、滴が頬を伝い、シーツへと落ちる。 「………?」 不思議に思い頬を指で触れば、それが自分が流した涙だという事に気が付いて。 「ぅえ、なんで俺泣いてんの?」 「そんなこと、僕に聞かれても困ります」 呆れたような蒼と紅の瞳が俺を見て、俺も意味がわからないと首を傾げた。 「ほら早く、起きて下さい」 けれど、ベッドから立ち上がり俺に背中を向けた骸に、急に、骸が俺の前からいなくなってしまうような、二度と会えなくなってしまうんじゃないかなんて、不安に襲われて。 その途端フラッシュバックするように脳裏を駆け巡った夢の内容に俺は一瞬息を呑むと、 「……ちょっ、綱吉?」 反射的に離れていく骸の腕を取り、強引にベッドの中へと引きずり込んでどこにも逃げていかないようにと、キツく抱きしめた。 「……思い出した。見てた夢」 「………え?」 「夢の中の俺はマフィアのボスで、お前は俺の命を狙ってて」 「クフフ、君がマフィアのボス?想像出来ませんね。とっても弱そうです」 クスクスと堪えきれず小さく肩を震わせて笑う骸。 いつもだったら茶化すなよって怒るようなその態度も、こうして確かに骸が俺の腕の中に存在していて、当たり前に俺に笑顔を見せてくれる、その全てが何故か俺を、安心させて。 「夢の中の俺もお前が好きだった。夢の中の俺たちも愛し合ってんのに、でもそれを言えなかったんだ…。両想いなのに言い出せなかった。そして結局言えないままお前は俺を置いていなくなって。俺は、俺はそれからずっと……」 そこから先は、言葉に詰まって、続けることが出来なかった。 たかが夢の中の話なのに。 俺が勝手に作り上げた、ただの作り話なのに。 なのに、まるですべてが実際にあったことのようで、胸が締め付ける痛みから逃れるように思わず頭を振る。 数えきれないほど言い争った。 数えきれないくらい助けられて。 数えきれないくらい、過ごしたんだ。 不器用だけど、2人だけの、誰にも邪魔されない時間を。 なのに、大切なことは何も伝えられなかった。 狂おしいほどの想いも、 悔やみきれない後悔も、 何ひとつ、たったの一つも、伝えられなかったんだ。 「……綱吉?」 言葉を失なった俺は、気がつけばまた、両の目から大粒の雫を落としていた。 「そんなに、悲しい結末だったんですか?」 困ったように俺の涙を拭おうと俺へと伸びてくる骸の手にハッと息を呑む。 けれど、その手はあの時は違い、ちゃんと俺へと辿り着き、頬を包み、流れる雫を拭う。 その瞳にもちゃんと、俺が映っている。 俺をあやすように、まるで壊れ物に触れるように優しく包む骸の手のひらから伝わる熱に、あれは夢で、これが現実で、骸は此処に居るって、頭ではちゃんと理解してるのに。 「なあ、骸。俺、頑張ったんだよ。お前の言葉を守って、お前にまた逢える日を夢みて、何十年も、いつ訪れるかもわからないその日の為に、頑張ったんだよ」 「ええ、頑張りましたね。君は、頑張った」 きっと、俺が何を言ってるかなんてわかってないくせに。 それでも真っ直ぐに俺を見て、ただ頷いて変わらず俺の頬を両手で包む、その嘘偽りのない瞳に、ひどく安堵して。 「愛してるって伝えたかったんだ、ずっと、お前に」 許しを請うように俺の頬を包む華奢な手を取り唇を寄せれば、小さく息を吐いた骸が、こつんと、自分の額を俺のそれに摺り寄せた。 「ではその夢はハッピーエンドですね。だからほら、君が泣く必要はないでしょう?」 「………え?」 「だっていつも君は僕に言ってくれるじゃないですか。しつこいくらいに。」 そして変わらず俺を安心させるように優しく微笑む骸が、俺を見つめていて。 「それに、ちょっとだけ妬けます。夢の中の僕は随分君に愛されていたようです。今の僕よりずっと愛されてる気がします」 なんて、少し拗ねたような声で何時もなら絶対言わないようなことを囁く。 「ね、綱吉。夢の中で君が、僕に愛を伝えられなかったことがそんなに辛かったのなら、これから僕に、その分囁いてください。毎日、何度でも、僕が呆れて、しつこいと、そう怒るくらいに」 そして何度も啄むように重ねられる甘い唇と、 至近距離で揺れ輝く蒼と紅の瞳に、 吐息交じりで囁かれる、まるで媚薬のような言葉。 「…綱吉?言ってくれないんですか?」 ただされるがままの俺にクスクスと笑って、言葉を促す骸に俺は、 「愛してる」 乞われるまま、伝えたかった、伝えられなかった言葉を、声にして。 「もっと、下さい」 「愛してるよ、骸」 「僕も、愛してますよ。夢を見て泣いちゃうような情けない君でも、愛してます」 間違いなくそこにある最愛の人の存在に、また、情けないけど涙が溢れて。 「もう、君そんなに泣き虫でしたっけ?」 とうとう呆れの色を含んだ声色になった骸に笑って俺は、 「これは嬉し泣きなの!」 「今度は嬉し泣きですか、まったく相変わらず忙しい人ですね」 可愛いこと言ったと思ったら、今度はいつも通り俺を馬鹿にする、いつも通りのかわいくない恋人に戻ってしまった、目の前で微笑む愛しくてたまらない恋人を、 強く、強く抱きしめた。 だって、仕方ないだろ。 お前が教えてくれたんじゃないか。 夢で俺が願った、 世界中に溢れてる、ありふれた恋人達のように、 片時も離れず傍にいて 絶えることなく愛を交わして 飽きるほどに触れられる そんな二人に今、 俺たちはなれているんだってことに。 (………そう、願いは、叶ったんだ) だから、離さない。 ずっと。 ずっと。 この命の火が燃え尽きるまで、 今度こそ、 ずっと。 . |