キリリク

□Puppy Love
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「骸の小さい頃の思い出の場所に行ってみたいかも」


「………え?」






Puppy Love






それはちょっとした興味だった。

明日は俺と骸が珍しく二人揃って休み。

骸が隼人に頼み込んで手にいれたらしいその休みはギリギリになって決まったため当然ノープランで。


「すみません、お休みもらうことに必死で…」


しょんぼりとうなだれる骸を前に思いつきで言ったのが冒頭の言葉だ。



だけど俺の言葉に目を見開いてしばらく固まった骸に、


(しまった、変なこと言ったかもしれない。)


そう反省したのも束の間。


「少し遠いですけど、いいですか?」


少し逡巡した後困ったように告げる骸に、興味の方が勝ってしまった俺は「うん、遠くてもいいよ」って骸の気持ちも考えずに頷いてしまった。






―――そして、今。






「…ここが、思い出の場所?」



骸に道案内をしてもらいながら車を走らせること数時間。

思い出の場所というには些か淋しい、高台の廃墟に辿り着いた。



「はい。僕の幼かった頃の思い出の場所です」


朽ちてぼろぼろの扉を開きゆっくりと中へ入る彼女の後に続いて足を踏み入れれば、建物内は予想に違わずかなり老朽化が進み、あちこちに蜘蛛の巣がはり瓦礫が散乱していた。

その中を少し進んでは何かを思い出すように立ち止り、時折懐かしむように、時折嬉しそうな表情をして、奥へ奥へと歩いた骸は、ある場所でピタリと歩みを止める。



「……骸?」

「ここは、僕が幼い頃両親に連れられて通っていた教会なんです」

「…ここ、教会だったの?」


言われて見渡してみれば、確かに所々にそれらしいものが存在しているが、言われなければわからないくらい今や教会の面影を残していなかった。


「小さい頃は毎日のように遊びに来てました。教会の周りはいつも綺麗な花が咲いていて、母と一緒に花の冠を作ったりたまに家に持って帰って飾ったり。」

「じゃあこの下の街に住んでたの?」

「はい」


神父に悪戯した話とか、両親の話とか、この場所での想い出を懐かしそうに話す骸に、良かった、昨日失敗しちゃったかなと思ったけど、問題なかったみたいだとホッと胸を撫で下ろす。


「そういえば僕の両親はこの教会で結婚式を挙げたんですよ。よくその時の話を母がしてくれて、僕も大きくなったらって幼心に夢見てました」


くすくすと笑いながら夢中になって話す彼女に俺の顔も自然と綻ぶ。


骸と付き合い始めてだいぶ経つけど、彼女は滅多にこんな風に心の内を素直に見せるような態度は取らない。

俺と居てワガママを言っていたっていつもどこか他人行儀でいつも何重ものベールで自分の本心を隠してる。

昔の話なんて、一度だってしてくれたことなかったし。

だから自分の知らない骸の過去を彼女自身の口から聞いて、垣間見て、少しだけでも、本当の骸に近付けた気がして…。


ここに来れてよかったかも、そう思いつつ彼女の話を相槌をうちながら聞いていたら



「でも……、あの日」

「………?」



不意に声のトーンが変わり骸の表情が一変する。



「あの日、いつものようにこの教会に訪れた僕たちを待っていたのは、エストラーネオファミリーによる無差別誘拐でした。

大人はその場で全員撃ち殺され、子供は人体実験の実験台として連れて行かれた。」


「…っ!?」


楽しかった思い出話からいきなりの思わぬ展開に俺の思考回路は付いていけなくて、ただ呆然と目の前で辛そうに眉を寄せて話す骸を見つめる。


「僕の両親はね。ここで命を落としました。最後まで僕を守ろうと必死になって…。」



ぽたり。骸の大きな瞳から一粒頬を伝って落ちる雫。



「あの日、ここで僕は全てを失いました。親の愛も、自分の未来も、全て。」


「…む、むくろ。」


「ここは、僕にとっては地獄の始まり。だけど……」


「っもう、話さなくていいよ」


「それでも僕の中の幸せな記憶は、この場所しかないんです。」


「……骸っ!」


大粒の涙をぽろぽろと零しながら、けれど健気に笑って話す骸を見ていられなくて衝動的に自分の腕の中に閉じ込める。



「ごめん、もういいよ。もう話さなくていい。無理に笑わなくていいから」

「っ……僕っ」



体を震わせて泣いている骸を抱きしめながら、自分の軽はずみな発言に激しく後悔する。


(……何やってんだよ、俺っ)


骸がエストラーネオファミリーの実験台となった経緯は知らなかった。

リボーンは骸の過去を調べたがったけど、勝手に過去を洗い浚い調べられるのは嫌だろうからとずっと拒否し続けて…。


だけどそれがこんな形で仇となるとは…。


(………まさか)


この場所が骸の人生を変えてしまった場所だったなんて。



「…むくろ、ごめんな。俺が変なこと言ったから」



俺の言葉に骸は俺の首元に顔をうずめたままふるふると首を横に振る。



「ずっと…、考えていたんです」

「………?」

「10年前綱吉君に負けた後、牢獄の中で僕はこの教会で両親と一緒に笑ってる自分の夢を初めて見ました。この教会に、そんな思い出があったことなんてずっと忘れていたのに…」


骸は、気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐く。



「その時はわからなかった。

どうしてそんな夢を見たのか。

どうして自分が囮になってまで犬と千種を逃がそうと思ったのか。

どうして君の守護者になったのか…」



何度も言葉につまり、その都度小さく息を吐きながら、涙声で独り言のようにぽつぽつと話す骸に俺は何にもしてやれなくて、ただ黙って耳を傾ける。



「でもね。今ならわかるんです。全部、綱吉君のおかげなんだなって。」


「…………え?俺?」


驚く俺に骸は小さく笑って腕を俺の首に絡ませ体を摺り寄せた。



「不思議…ですよね。

僕はずっとあの日捕まったのは地獄の始まりだと思ってた。

だけど、あの時捕まったから僕の右目には六道眼が移植され、

六道眼があったから、マフィアを憎んだから、綱吉君と出会えた。

綱吉君と出会えたから、僕は再び光を知って、

綱吉君を好きになったから、綱吉君が僕を受け入れてくれたから、

今こうして僕は全てを受け入れて生きてる。」


「…むくろ」


「今日、本当はね。ここに来るの少し怖かったんです。」



骸が顔を上げて涙目で俺を見つめて苦笑しながらぽつりと零す。


「でも、」

「ごめん、俺のせいで…」

「クフフ、すぐに謝るのは、君の悪い癖ですね」



小さく笑って俺から離れた骸は、そのまま俺の手を取って歩き出した。



「ちょっ、骸?」


突然歩き出した骸にひっぱられるようにして外に出れば、骸は綺麗な宙色の髪を風に靡かせながら下に広がる街が見える場所まで俺を連れて行った。


「綱吉君、僕ね。大人になって好きな人が出来たら、ここに来てこうやって一緒に景色を眺めるのが夢でした。」

「…むくろ?」

「…来てよかったです。一緒にこの景色を見るのが綱吉君で良かった」


嬉しそうに、はにかみながら俺を見た骸の顔には、もう先ほどまでの悲しみの色は見えなかった。

それにホッとして、俺は骸が一緒に見るのが夢だったっていった景色へと視線を移す。

そのまま二人で下に広がる街並みを眺めて。



「綱吉君」


何分くらいそうしていたのか。
不意に骸が俺の名前を呼んだ。



「………今日を迎えれたことは、僕にとって奇跡なんです。」



そのままゆっくり俺に視線をあわして嬉しそうに呟く。



「……?」


言われてる意味がわからず首を傾げれば、目の前の恋人は少し眉を寄せて苦笑いをする。


「クフ、やっぱりわかってなかったんですね。今日で僕たち付き合い始めて1年になるんですよ?」

「っえぇ?そうだったっけ?ご…ごめん、俺っ、その……わ、忘れてたっ!」


全く覚えてなかった俺が、あたふたと慌てるのを見て、骸はふわりと微笑んだ。


「君が僕の想いを受け入れてくれた時は、夢を見てるのかと思いました。あの日からずっと、一日でも長く隣に居たいって、夢なら醒めないでほしいって思って、やっと今日を迎えられた」


俺を見つめる骸の紅と蒼の瞳が太陽の光を浴びて宝石のようにキラキラと輝いていて。



「だから、来年も、再来年も、変わらずこうして貴方の隣に居れることが僕の唯一の願いです。」


「……むくろ」


それがあまりに綺麗で俺はそれに見惚れて何にも言葉が出てこなくて。



「ねえ綱吉君。来年の今日も、二人で一緒にお休みとって、一緒に過ごしましょうね」



気の利いた言葉一つかけてやれない俺の手を両手で握りしめて、幸せそうに蕩けた笑顔で可愛いお強請りなんてするから。



「いいよ、来年もまたここに来よう。」



骸を抱き寄せて、遥か眼下に広がる骸が昔住んでいた街並みを眺めながら、腕の中に閉じ込めた恋人に誓ったんだ。



「……これから一緒に作ろう」

「え?」

「お前にとって幸せだと思える思い出。これからいっぱい二人で作ろう?」

「つ…なよし、くん」

「俺がお前を幸せにするから」

「……っ」



体を少し離して俺を見つめる骸の額に軽くキスをして、もう一度きつく抱きしめる。



「ねえ、今日はいい思い出になるかな?」


「………っはい。もちろんですっ」



涙声でぎゅっと俺にしがみついて答える骸が可愛かったから、




『十年後には、覚えきれないほどの幸せな思い出を沢山作ってやるから…』





骸の耳元でそっと囁いて抱きしめる腕に力をこめた。







END

⇒懺悔文

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