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□MODIFICATION
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暗闇の中。

カーテンの隙間から薄く差し込む月の灯をぼんやりと眺めていた僕は、

すうすうと静かな寝息を立て深い眠りに落ちている隣の男へと視線を移して。

大きく、けれども起こさないように細心の注意を払って一つ深呼吸をする。

右手には彼を乗っ取るための三叉槍。

この男にほんの少しでも傷をつけることが出来れば、僕の勝ちだ。

そうすればもう、二度とこんな辱めを受けずに済む。

無意識に槍を持つ手にキュッと力が籠るのを、意識して緩め。

気づかれないよう、慎重に、ゆっくりと、彼との距離を縮めて。

10年来の夢の成就まで後1ミリのところまできて、





あいしてる、むくろ







諮ったかのように脳裏でリフレインするその言葉に、僕の身体は僕の意志とは無関係に全ての動きをとめてしまった。


幻覚も、


思考も、


そして、呼吸さえも。









MODIFICATION










瞬時にして飛散して消えた槍に、大きく舌打ちをしてそのまま眼下の男を睨むけれど、当の本人は起きる気配はない。





(………どうしていつも、邪魔をするっ)





こうして、あと1ミリのところで失敗し続けて、もう何回目になるのか。









あいしてる、むくろ








行為の最後の最後、いつも僕が意識を飛ばすその寸前に耳元で囁かれる、馬鹿みたいに優しい声。

日常のやりとりで、ましてや行為の最中でも、彼があんな声を出すことはない。



いつも勝ち誇った顔をして人を見下ろして、




「骸ってさ、案外馬鹿だよね。いい加減俺には勝てないんだって学習すればいいのに」




いつも愉しむように人の劣情を煽るような言葉を吐いて。




「それともあれかな?もともとこっちの趣味があったってこと?いつも抵抗するけど、それも演技なの?」




そう、人のことを嘲笑うようなことを言うのに。




(………けれど毎回、)




あの声で囁く。

愛情だけが篭っていて、それでいて何故かとても苦しげで、なのにどこまでも優しい、

あの時にしか見せない、声で。

きっと言っている本人は僕に聞こえてるなんて、気づいていない。

気づかれないように、わざと僕が意識を飛ばす瞬間を狙ってるのだろうから。









あいしてる、むくろ







(……ダメだ、ここにいては)





一度思い出してしまったが最後、此処にいる限り、ずっとこの声が頭から離れない。

いくら頭を振っても、

ほんの数時間前まで自分がこの男にされていた行為を思い出しても、

この身体に刻み付けられたばかりの鈍い痛みを感じても、

僕の本来の目的に意識を集中しても、

何をしてもずっとあの言葉が僕を揺さぶる。


だから結局今日も僕は、その言葉から逃れるように、

ベッドの下に散らばった服を無造作に掻き集め身に纏って、窓から身を翻す。






嗚呼、なんて忌々しい。


あの男も。

あの男にいいようにされている自分自身も。

こんな契約を受け入れたあの日の、馬鹿な自分も。

何故かあと一歩のところで動きを止めてしまう、この身体も。

無理矢理身体を繋げられ、毎回ボンゴレの気の済むまで喘がされて、僕の中の彼へと抱く嫌悪感は爆発的に増殖したのに。

これ以上は完全に泥仕合で僕に勝ち目などないのだろうと、そう頭ではすでに理解しているのに。

それでもまたあの男に挑んでは、結局また食べられて。

気が付けばどうだ。

嫌悪感しか抱いていなかったはずの繰り返される行為に、いつのまにか慣らされ、知らず知らずのうちに身体はあの男の全てを受け入れている。

執拗に人の身体を撫でる指も、

味わうように這わされる舌も、

僕以外誰も聞いたことがないであろう雄の声も、

熱を持った熱い吐息も。

彼が僕に与える全てを、この身体は甘受している。




(………そして、もうきっと)





この心ですら、主であるはずの僕の意志を無視して彼を受け入れ始めているんだ。







あいしてる、むくろ






あんな声で、あんな声で毎回縋るように囁いたりするから。






ふるり、

思い出した彼の言葉に、声に、身体が震えたのは。

僕を笑うように吹き抜けた夜風のせいか、それとも。

簡単に作り変えられてしまった身体に続いて、

とうとう心までもがその危機に立たされていることに対する、恐怖か。





(……ボンゴレの言う通り、僕は相当馬鹿なのかもしれない)




気が付けば、僕の行く先など右も左も前も後ろも彼によって塞がれていて。



(……あとはもう、どんなに足掻いたって、堕ちていくしかないのだ。)




きっともう、どうにもならない現状に、



深く、深いため息をつけば。



吐き出した息と一緒に、頑なに守ってきた僕の夢がまた一欠けら、僕の身体から逃げていって。

ぽっかり空いた隙間に無遠慮にあの男が入り込む。






あと何回このため息を吐いたら。




僕の中に残っている夢がなくなって、




ココロもカラダもあの男の好みに作り変えられ、彼の手中へと堕ちてしまうのだろうか。




ふと、そんな想いが頭を過って僕は、




もう一度ふるりと身体を震わせた。











(ボンゴレ、君は一体僕をどうしたいんですか………)









end
(→あとがき)

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