短編
□優しい人
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ダラリと下がった腕があがることがないのを確認し、足も同様に動かないことにリヒトはため息をついた。
朝から調子が悪いような気はしていたが、ちょっとネジが弛んでいる程度だと思ったのだ。だからこそアンジュの人使いの荒い仕事も二つ返事で了承した。それがいけなかった。どうやらネジは弛むを通りこして外れていたらしい。
「どうしますかね…」
こんなことなら誰か連れてくるんだった、と後悔したところで現状は変わらないのだが、後悔せずにはいられない。
こんな雪山で腕と足を駄目にした人が1人。どうしろというのか。
「……く…」
辺りに響いた獣の遠吠えに舌打ちが漏れてしまったのは仕方がないことだろう。
集まりだしたウルフの群れがジリジリと近づく気配を感じて、まだ動きそうな右腕で剣を持ち上げる。
それと同時に襲いかかってきたウルフの体当たりを最小限の動きで避ける。すかしたことで止まれないそれを、振り向き様に薙ぎ払う。
腕に走った痛みを無視して更に横に払えば、力の入らない刃は、少し吹き飛ばすだけに終わる。
「…困りましたね」
ディセンダーって死んだらどうなるんだろう、とか考えて目の前に迫る爪に目を閉じた。
「…?」
いつまでたっても襲ってこない痛みに、目を開けると、そこには見慣れた背中があった。
「…リヒター?」
「…こんなところで何をしている。死にたいのか」
重そうな斧を振り下ろしながら振り向いた彼の眼鏡の奥の瞳に、不機嫌な色が浮かんでいるのを見て、リヒトはふむ、と頷く。
「何をしている、はこちらのセリフですし、死にたくなんかないですよ。助けてくれてありがとうございます」
「…助けたつもりはない。ただアブソールの見回りに来たら、ウルフの群れがいたから消した…それだけだ」
「…なるほど。貴方が素直な方じゃないのを忘れてました。」
真顔で返したリヒトにリヒターは先程よりも眉をよせ、眉間にシワを寄せる。それから一向に立ち上がろうとしないリヒトに不機嫌さを隠そうともせずに、低い声でどうした、と聞く。
「足が動きません」
「…腰が抜けた等と言うんじゃないだろうな」
「多分、折れてるんじゃないですかね」
その言葉にピクリと反応したリヒターは、少し考えてからそっと膝を立てて座る。どうかしたのか、と聞こうとしたリヒトは己の足にほんわりとした緑がかかったのを見て、あぁ、と納得したように頷いた。
「なにから何まですいません」
「…そう思うなら、迂闊な行動はやめることだ」
何故俺が、などと言いながらも手を差し出したリヒターにリヒトは少しだけ笑いそうになりながらその手を取った。
「リヒターは優しいですね」
「……」
はぁ、とため息をついたリヒターに今度こそ堪えられなくなったリヒトはそっと笑った。
end
リヒターさんのキャラが迷子