短編

□※溺れてしまえ
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「ん…はっ…」

「……ヒスイ」


深い口づけが嫌いなわけじゃない。むしろこいつにそういうことを教えたのは自分だ。こないだまでは触れるだけの可愛いキスしか知らなかった癖に、今じゃタラシのように慣れたこいつが腹立たしいだけだ。


「…っ…おい」

「…ん?」

「な、げぇ」


いつまでやってんだ、と発したかった言葉が闇に飲まれる。ベッドに押し倒されたのが原因だ。


「ヒスイ」

「…っ」


覆い被さったからといってこいつが先に進もうとすることはない。シーツに縫い付けるように絡めとられた指を、少しだけ握り返すと嬉しそうに目を細め微笑む。それからまた優しくキスをする。

こいつは別に先の行為を知らないわけじゃない。それでも先に進まないのは、怖いからなのか、俺の事を気遣ってなのか。おそらく両方なんだろうけども。


「…ブレイズ」


名前を呼べば、より嬉しそうに顔を破綻させるこいつが腹立たしい事に愛しい。


「名前呼ばれただけで随分嬉しそうだな」

「ヒスイがしてくれる事はなんでも嬉しいんだよ…名前を呼ばれるのは、特に嬉しい」


微かに欲情を含んでいるのにそれでも透き通った深い赤の瞳が俺を見つめる。この瞬間が無駄に恥ずかしい。耐えられなくて顔を背ければ、さらに愛しそうな顔をされ額に口づけを落とされる。

くすぐったくてもどかしい。こいつから溢れでる優しさや愛しいというオーラが酷く気持ちが良い。ぬるま湯に浸かっているような、曖昧な場所。


「さ、きに…進まねぇのか」


自分でもストレートだとは思ったけれど、聞かずにはいれなかった。浸った優しさにこのままでは溺れてしまう気がした。

驚いたように目を開いたブレイズが目を細めて笑う。瞳の奥に確かにある欲情を表すかのように赤の瞳が深い色へと変わる。


「ヒスイ」

「…んだよ…」

「愛してるよ」


いいの?と、耳元でブレイズが囁く。労るように撫でられた頭で、さっきの質問に意味など無かったのか、と考える。たとえ俺たちが一歩進んだ関係になろうとも、こいつの溺れそうな優しさは変わらない。


「…俺も、あ、いしてる…だから」


そして溺れてしまった俺には、更に深みにはまっていく以外に選択肢など、元から存在しなかったのだ。






end

ちなみに帰還後ブレヒスです。

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