東方異人録 〜 The Sorrowful Rule.

□第五章『異変の欠片』
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 都会を避けるかように、田園風景が広がる郊外に建てられた小綺麗な一軒家。

 畳まれたカーテンが揺れ、肌を優しく撫でる様に穏やかな風が半開きの窓から流れ込む。
 程良い陽光が部屋に差し込み、昼寝には丁度良い環境が隼人の意識をぼんやりと薄めていた。

「理とは……何だろうな隼人?」

「…………」

 不意に聞こえた、まるで考え込む様な翳りのある声に隼人はゆっくりとソファーから半身を起こした。

 声の主に視線をやる。

 裾に装飾が施された純白のテーブルクロスに覆われた小さなテーブル。
 その上に可愛く咲いたスイートピーを挿した花瓶。
 紅茶の芳ばしい香りを宙に揺らすティーカップ。

 悠々としたその空間は、まるで貴族のお嬢様でも住んでいそうな構図だ。

 そして、すぐ傍の椅子――可愛らしいフリルが縫い付けられた――に、その声の主は座っていた。

 山高帽に黒のインバネス……と一昔前の英国紳士風にめかしこんだ男だ。

 片手を顎にあてがい、もう片方をATM[アドバンス・タイム・マガジン]と呼ばれる雑誌置いている。

 既に白く脱色した毛髪も相まって、妙に老け込んで見えるその姿は、隠居した老人を彷彿させる。

 エドワード・グレゴール。
 それがこの男の名だ。
 齢は確か五十路の坂にさしかかる瀬戸際であっただろうか。

 昨今国全体の平均寿命が伸びつつある時代においてまだまだ現役の歳であが、この中年男性にはどうもその様な気配は無かった。

「何ですか師匠?」

 物憂げな声で隼人は呟き、床に落ちた読みかけの本――顔を覆っていたため、体を起こす際に落としてしまったのだろう――を拾い、先程まで読んでいた箇所を探す。

「ふむ…………」

 しかし、返事はない。

(また考え事か……)

 ただ聞くだけ、というのはエドワードが考え事をしている際によくやることだ。

 恐らく彼はいつもどおり不可解な点を誰かに聞こうとするが、やはり自分で考える事にしようと決めたのだろう。

 栞を挟んだ隼人は、慣れているといった様子でエドワードに呆れた顔を見せた。

 そのついでにエドワードが手にする雑誌ATMに視線を移す。

 ATM――別称『現金自動預け払い機[エーティーエム]』。

 一般企業に依る出版物ではなく、同じ志を持つ人間達がグループを作り、個人的に出版した雑誌――所謂同人雑誌だ。

 企業にはない多方面に幅広い情報網を敷いており、そのおかげかこの地区、あまつさえ政府でさえ知らぬ、または隠している様な情報を集め、載せているという。

 故に一般に口外されていない事件等様々な情報が手に入るらしい。

 ……まあ尤もそれは、少なくとも一般人が知らない酷くマイナーな物だ。

 そして皮肉な事に、その時の掲載された情報により値段が非常に高騰する事が多いため、滅多に買い手がつかないという。

 ちなみに、この別称は値段が高騰した時に由来して皮肉られたものだ。

「…………」

 エドワードは洒落た老眼鏡越しにページに目を通し、片方の手で髭を弄んでいた。

「理だよ。隼人」

 いつも通り放っておこう――と隼人が読み途中の本に再び意識を向け直した途端にそう呟くエドワード。

「……理?」

 少しばかり顔をしかめ、頭をさすりながら隼人はエドワードを見直す。

「そうだ。理だ」

 そう言うとエドワードは紅茶に満たされたティーカップを口に運ぶ。

「……苦いな」

 と、答えより先に、まるで漢方薬でも飲まされたかの様に彼は顔をしかめて隼人に訴えかけた。
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