東方異人録 〜 The Sorrowful Rule.

□第四章『異変の胎動』
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 人里に着いたのは夕方。黄、赤、橙の色が入り乱れる赤い空が人里に影を落としていた。

「ここで――」

 頑強、かつ威厳を帯びた設計のなされた門は見る者を圧倒する様に構えている。

 依頼人の少女に御守りを手渡すため、隼人は目の前の荘厳な重みを帯びた豪邸を見上げていた。

「――合ってるのか?」

 依頼人の少女の名前は分からないが、人里に建つ豪邸と言えば此処位しかない。

 少女からみえた育ちの良さから予想して何となく隼人はこの家にたどり着いたのだが……。

「お?」

 門の前に居る隼人に誰か気付いたのか、脇の小扉が開く。

「あっ……」

 すると中から例の少女が現れたのだ。どうやら正解のようだ。

「ひょっとして依頼を……?」

 隼人を見るなり目を丸くし、半ば夢を見ている様に呆としたな口調で隼人に尋ねる少女。

「ええ何とか」

 ポカンとする彼女の手の平に御守りを置いて隼人は言う。

「確かに博麗神社の……」

「一応巫女にも会ったので大丈夫だと思うんですがね」

 夕日に反射する、博麗神社と刻まれた金字をぼんやりと撫でる少女は、未だ信じられないという表情だった。

 だが、ようやく信じるに至ったらしく、

「あ、ありがとうございます」

 と頭を下げた。

「あ、あの。よろしければ仕事屋さんの名前を教えて頂けないでしょうか?」

「名前?」

 と、言われて初めて隼人は自分の名前を名乗ってない事に気付いた。

 名乗る必要性はない――外の世界で仕事屋を営んでいた時はそう考えていた隼人にとって、それは完全に意識外だった。

「……如月隼人といいます。以後お見知りおきを」

 聞かれて隠す様な黒い名前でもないし、わざわざ教えないという訳にも行かないだろう。
 頭を掻きながら、隼人は言った。

「ありがとうございます。
 申し遅れました。私の名前は望月楓と申します。今後ともよろしくお願いします。如月さん」

 改めて頭を下げる楓。

「ええ、こちらこそ。困った時はお気軽にお越し下さい」

 彼女の仕込まれた角度を保つ模範的なお辞儀に遅れて隼人も軽く会釈をすると、踵を返し、帰路につく事にした。

「あ、お待ち下さい!」

「ん?」

 所が楓の声に隼人は振り向かされる。

「その……お礼に、宜しければ私の家でお食事でも……」

「いや、気持ちだけ受け取っておきますよ」

「そ、そうですか……」

「また、如月さんが宜しければいつでも歓迎致しますので……」

 シュンと萎縮する楓に、何処か申し訳ない気がする隼人。
 とは言え、今の自分が必要としているのは食事ではなく安息だ。

 もう一度、楓に軽い会釈をし、再び帰路に着く隼人だった。



     刀@  刀@  刀@    



 自宅に戻り、隼人が真っ先に向かったのは柔らかいクッションを有したソファーだった。

 幾らか疲労染みた安堵の息を吐き出すと共に隼人はそこに身を沈める。

 神社のマイペース巫女の博麗霊夢。
 会うなり慣れない弾幕勝負を持ちかけてきた魔法少女、霧雨魔理沙。
 鳥と犬の少女、射命丸文と犬走椛。
 そして、自分の事を知るスキマ妖怪、八雲紫。

 改めて思えば自分は幻想郷の名に違わぬ幻想的な、そして刺激的な面子との邂逅を果たしたのだ。

 慣れている……と言えばそうかもしれないが、今回は何故か色々と消耗した気がする。

「……寝るか」

 やがて長い間をおいて、ソファーから立ち上がり、呟く。
 外に視線を送る。
 夕方の山吹色が、少しずつ夜の色に染まってゆくのが見えた。
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