東方異人録 〜 The Sorrowful Rule.

□第三章『仕事屋始動』
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 静かで清々しい朝だった。
 朝の日差しが閉じていた隼人の瞼を優しく撫でる。ここ数年聞いたことがない小鳥達の囀りが心地良い。

 雲一つない幻想郷の青空に堂々と顔を出す太陽。
 その姿は隼人の住んでいた世界――すなわち外の世界とは全く別物の様であった。

 外の世界の空は発展した文明が無限に排出させる大気汚染物質により灰色に染まり、太陽の居場所すらない。

 しかし、幻想郷の空は違う。
 澄みきった青に染まった空にそれは満足そうに燦々と光を注いでいた。

「…………」

 結局、昨日は寝室から逃げるように去った隼人は床に寝転がる訳にもいかず、居間に置いてあった椅子を使い寝ることにした隼人だった。

 だが、隼人は目を一応開いたものの未だ意識は完全に覚醒しきってない様だ。

 その証拠に、彼は椅子に座ったまま呆と外の景色を眺めていた。

「おや? 良く眠れたか?」

 暫くして非常に眠たそうな妹紅を後ろに連れた慧音が居間に顔を出した。

 妹紅に比べて全く眠気の類いを感じられない爽やかな彼女に隼人は未だぼやけた意識を向け、呟いた。

「…………ああ」

 隼人の返事は元からある無気力さに一層拍車がかかり、もはや小さく息を吐いてるだけの様にしか聞こえない。

「大丈夫か?」

 例えるなら末期患者の様な力の無い返答に、慧音は心配そうに言った。

「……ん、ああ」

 と、そんな彼女の心配を他所に気だるげに言って、隼人は一度天井を仰いだ。


「むにゃ……」

「こら、妹紅も二度寝するなって」

 どうやら妹紅も似たような状況らしい。薄目で見る隼人の曖昧な視界には慧音にだらしなくもたれかかる妹紅の姿が見えた。

「ほら、隼人も。早起きは三文の得なんだぞ?」

 腰に手を当て、如何にも教師らしい言葉で慧音は隼人の顔を覗き込む。
 寺子屋で子供達がやらかした小さないたずらを軽く注意する様な、そんな顔をしていた。

「……大丈夫だ。それにそこまで顔を近づけんでも」

 個人的にはもう少しこの態勢でのんびりしておきたかったのだが、これ以上こうしていても慧音に迷惑がかかるばかりだ。


「あっ、すまない」

 慧音が慌てて離れる。

「謝る事はないだろう」

 欠伸を噛み殺しながら立ち上がり、慧音に言う隼人。

 と、その時。

「……ん?」

 隼人はふと自分に殺気が浴びせられている事に気づいた。

 慧音の背後より放されている物騒なそれは、隼人が昨日の夜に体験したばかりのものだった。

 確認せずとも分かる。それは妹紅の放つものだった。

 先ほどまでの眠たそうな顔はどこへいったのだろうか。
 妹紅の可愛い顔は怒りに染まり、隼人を睨んでいたのだ。

 慧音関連になると、彼女は隼人に牙を向いて威嚇してくる。
 何故か――と聞かれれば答え難いが、とりあえず隼人の中では、これは一つの注意として認識されていた。

(――やれやれ。今日も疲れそうだ)

 と、どうしようもなく隼人は肩をすくめた。
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