東方異人録 〜 The Sorrowful Rule.
□第二章『人が住む処』
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「悲しいものだな。人間という存在[モノ]は……」
悲しみに曇った声が頭に響く。隼人は異様に重たい目を開いた。
(…………これは?)
それは地獄か、世界の果てか――もしそうならば、隼人の眼前に広がる光景はそれらを信じるに値する凄惨なものだった。
暗闇の世界。
鼻に付く鉄の様な血の匂い、死体の腐敗臭が蔓延する世界が、覚醒した隼人の意識を静かに……ゆっくりと狂わせていく。
(……なんだ……これは……)
時間を経ていく内に目が暗闇に慣れていく。闇の帳に隠匿された景色が徐々にその醜い姿を露にされていった。
まず、彼の目に映ったのは足元に転がる小さな――恐らくまだ幼い子供のものだろう――髑髏だ。
赤と白が入り混じった外形に穿たれた黒い二つの大きな空洞はまるでこちらに視線を向けている様だった。
虚ろな……しかし、どこか助けを求めている様に。
「くっ……」
発作的に頭痛が襲う。
あれから向けられた視線が何かを訴えかけているのだろうか。
隼人は呻くと、髑髏から目を反らした。
その先にて姿を現したのは、元は人間だったのだろう今は肉塊と化した物だった。
頭はない。ビュー、と血が噴き出す切断面から見るに何か鋭利な物で首を斬られたのだろう。
死ぬ前に談笑でもしていたのだろうか――苦悶の表情ではなく顔に笑みを浮かべたままの頭が数歩先に転がっている。
そこには生気の欠片もない。人形の様に隼人に笑いかけていた。
再び頭痛が襲う。
――ぐわん、と視界が急に反転した。
そして視界に映った光景は先程のような人間だった肉塊が山を作った物だった。
「ふざ……けるな……」
しかし、目を背けようにも何故か体はぴくりとも動かない。
隼人の瞳はその山の手前に居る何か、紅く染まった塊の前に屈んだ黒い影に固定されていたのだ。
「だ……れ……だ?」
黒い影。
辺りは暗闇に包まれているというのにその黒い影は闇に同調する事もなく、まるでその一部だけが浮き彫りにされたかの様に……それは存在していた。
隼人の問いに、やがて黒い影はゆらりと立つ。立ち上がった黒い影は広く、巨大だった。
動かない――底知れぬ恐怖に体を後ろへ退けようとしても。
動かない――対抗せんと腰に差した剣を握ろうとしても。
べちゃり、べちゃり。背筋を舐める様な音が隼人の体を這い回る。
血の匂いが間近に訪れた。
自分の体に何が起こっているのか、動けない隼人には分からない。
動けない――何故なら、彼の足元に広がる血の海から生えた真っ赤な手が、彼の体を支配していたから。
(く……る……な!)
黒い影は隼人に向かい、移動を始めた。 地面に蓄積された血を弾く事無く、幽霊の様に静かに……。
黒い影の内から片腕が上げられた。ゆらり、と黒い影より垂直にそれは持ち上がる。
黒く塗り潰された腕。
病人の様に白い掌は、空を掴む様に広げられていた。
「………………」
黒い影は何かを言った。低く、悲しく、絶望に曇った声で。
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