東方異人録 〜 The Sorrowful Rule.

□第一章『始まる物語』
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 鬱蒼と生い茂る木々が仰向けに倒れる男を見下ろしざわざわと声を潜めていた。

「…………う」

 微かな呻き声を漏らし、青年はゆっくりと目を開いた。

(腕は……付いてる……足も……付いてる、な)

 しばらく呆としていたが、やがて自分の体の安否を確認すると青年はゆっくり立ち上がった。

 夏も近いというのに着ている男の体を包むのは紺色のコート。
 こびりついた土や葉を払い落とし、彼はぐるりと辺りを見回した。

 やたらと立派に成長している木々が突然現れた人物が立ち上がった事に更なる驚きの声をあげている。

 やがてその奇妙な音の内包する意味が変わる。

 ざわざわと枝葉が擦れ合う音が男に対する警戒の意を示しているかの様だった。

「ここが……幻想郷か」

 まだ夢でも見ているかの様な瞳でそれらを一瞥すると青年はぽそりと呟いた。


 幻想郷――それは遥か昔にとある妖怪の賢者の提案により現実世界と隔離された世界の呼称。
 人間と妖怪の数の比率において圧倒的に後者が勝っているため妖怪の楽園とも呼ばれている世界だ。


 その世界に何の前触れも無く突如として現れた青年。
 彼は一体何の目的でこの世界に訪れたのか。


 例え青年の出現を目撃した数多の意思を持った木々が人間に劣らぬ……いや、それ以上の知能を有していたとしても、それは彼にしか分からない事であった。
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