「櫂瑜様」

 お茶を貰って来ますねと室を出た影月が笑顔で戻って来て嬉しそうに告げる。

「今日は立春ですから、皆さんがご馳走を用意して下さるそうなんです。楽しみにして下さいねと言われました」

「そうでしたね。もう立春ですか──早いものですね」

 櫂瑜の呟きに影月も頷く。

 立春──新しい年の始まり。

 新しき日に皆それぞれ、様々な願いを込め祈る。

「櫂瑜様の願い事‥ってなんですか?」

 櫂瑜の机案に茶椀を置きながら影月は無邪気に問うた。

「ありがとうございます……そうですね。私の願いは、長生きがしたい‥ですね」

 穏やかに微笑みながら茶椀を手に取り、櫂瑜は続ける。

「貴方に教えて差し上げたい事もまだまだありますし、大切な人達にも会いに行きたい──ですからもっと長生きをしたい。この歳にもなって尚それを願うのは、贅沢な願いですけれど」

 影月は口唇を噛み、込み上げそうになったものを飲み込んだ。

 贅沢な願い事……それは少し切なくて、とても優しい。

 
「……じゃあ僕も櫂瑜様にたくさんたくさん長生きして頂きたいので、贅沢者ですねー」

 そう言って影月は明るく笑う。

「まだまだ、もっともっとたくさんの事を櫂瑜様から学びたいですから!」

 そう言うが早いか、影月は櫂瑜の机案の上から書翰を取り上げ片付け始める。

「ですから今日はもう終わりにしちゃいましょう! 櫂瑜様は働き過ぎですし、働き過ぎも身体に毒です!」

 きっぱり言い切った影月は、さっさと書翰を丸めてしまう。

「……そうですね、今日くらいは」

 新しい始まりを祝う日ですから…そう立ち上がった櫂瑜は矍鑠とした足取りで影月の元へ歩み寄る。

「ですが、私に休息が必要なら、貴方にも休息が必要ですよ。私以上に頑張っていらっしゃるのですから」

 ふふっと笑った櫂瑜は影月に手を差し出した。

「では、皆さんのお手伝いに参りましょうか」

 影月は差し出された手を見つめ、櫂瑜を見つめる。

 何度もこの手に導かれた。

 そうして知った大切なこと……それを今また、教えられた。

 
「──はい」

 差し出された手を取り、影月は笑った。

 たくさんの願いが乗せられた手。その優しい手に、新たに誓う。

「ご馳走、楽しみですね〜」

「ええ、本当に。香鈴さんはさぞ張り切っていらっしゃったでしょう?」

「ええ! とても!」



 贅沢だとしても。

 自分の為に。

 そして誰かの為に願い続けることを。



          (11/03/14)




 






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