壱之庭
□疵名
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「なぁ、鴛洵じっちゃん、褒美って貰えんの?」
長年の杞憂であった殺刃賊がたった二人の少年によって壊滅された後には、おびただしい残務処理が待っていた。
そんな状況の中、きつい拳骨をくれてやった少年は自分にそう尋ねてくる。
少年のその言葉に鴛洵は驚き、軽く目を瞠った。
そういった言葉をこの少年から聞くとは──
今回の事は私欲からでも、単なる正義心からでもなかった筈だ。
こんな幼い少年をと思う反面、この少年の立ち向かうべき運命に得心が行ったからこそ全てを委ねた。
だからこそ自ら報奨をねだる少年に、どうしても違和感を感じない訳にはいかない。
「俺、馬鹿だったけど、結構頑張っただろ?」
顔は笑っていたけれど、冗談ではない事を語る瞳は真剣に己を見据えている。
「──何を望む?」
「智多星」
簡潔な即答に、鴛洵は首を傾げる。
「智多星の馘が欲しいのか?」
少年の家族が殺刃賊に惨殺されたのが八年前。智多星の名が聞かれるようになり、その立案によるものだと確認された犯罪は全てそれ以降。
晁蓋と違い、智多星が直接の仇にはなりえない。
それに晁蓋は既に少年の手に掛りこの世にない。仮に智多星の馘が欲しいのなら、自分達が着く前にそうする事が出来た筈だ。
思った通り、少年は左右に頭を振る。
「欲しいのは生きたままの智多星だ」
何を思い、そう望むのか──鴛洵には掴めないまま更に尋ねる。
「──ならぬ。と、言ったら?」
「智多星連れて、誰も追って来れない山奥に行く。俺、どんな山奥でも生きてけるし」
顔が笑っていても、決して冗談ではない事が感じ取れた。
真剣を構え合うように、空気が張り詰める──
真剣を持った相手と対峙したとて、此処まで自分を緊張させる者は多くない。
「──一番の功労者のお前を、山奥になぞ去らす訳にはいかぬな」
鴛洵は呟き、少年を見つめる。
「欲しいのはそれだけか?」
「……後は鴛洵じっちゃんを見込んで頼みがある」
「頼み?」
「じっちゃんに、預けたい人がいる」
何時ものように陽気に、にかっと笑った少年は大きく伸ばした両腕を頭の後ろでぐっ‥と組んだ。
「俺の兄上…浪叔斉って言うんだけど、今まで悪い奴らに捕まってたんだって。両足切られちゃって歩けないんだけど、頭はすげぇいいんだー。官吏になる試験にだって受かってたんだ!」
「もう良い、燕青」
鴛洵はその言葉、その表情で全て理解した。
智多星とは──
顔は笑ったまま、両の眼から涙を流す少年の頭をそっと撫でた。
「準試に受かっていたのか」
「……そうだよ。官吏になって茶州の為に悪い官吏と戦うんだ。でも小兄上は弱いから、俺は闘う官吏になって、小兄上を守るんだ」
とめどなく流れる涙を拭う事もせず、幼い頃の約束を語る少年は真っ直ぐと鴛洵を見つめる。
「なぁ、鴛洵じっちゃん……小兄上、今からでも官吏になれる?」
「そうだな……悪い官吏と闘う官吏が、今の茶州には必要だ」
少年の言葉を借りて、鴛洵はそう告げる。
少年は一瞬目を瞠り、そして笑った。
「小兄上は弱いけど強いから、悪い官吏になんて絶対に負けないって!」
少年はまるで我が事のように胸を張る。
そうか‥と、呟いて、鴛洵はもう一度、少年の頭を撫でた。