壱之庭

□仰先
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 紅州は最も美しい山々の集う国──美しいと讃えられるその山々は、同時に険しいものであることが多い。

 だが紅州に住まう者達が他州に出向く為や、産物を求め山に入るのは日常茶飯事だ。

 ある程度の年齢になれば親を助け、険しい山に入るのも当たり前のこと。

「きついか?」

 玖琅は歯を食い縛り、自分達に遅れまいと必死に歩き続ける伯邑に目を向けた。

 まだ幼い息子はちらりとだけ父に視線を向けると無言で頭を振り、すぐに真っ直ぐと己の進む方向に目を向ける。

 紅州の中でも最も美しく、最も険しいとされる紅山。

 その峰の一つに一緒に登るか‥と、そう尋ねたのは玖琅だ。

 伯邑にはまだ少し早いかも知れないと思ったが、里に住まう子等であれば、そろそろ山に入り始める年頃である。

 それを考えれば、決して早いと言うことはない。

 伯邑も一瞬は驚いた表情を浮かべたものの直ぐに力強く『はい』と答えを返した。

「世羅、無理はするな」

 続いて玖琅は自分達の前を行く世羅に目を向ける。

 父と弟の会話を傍らで聞いていた世羅は、当然の如く自分も一緒に登るものと姫衣を動き易いものに改めてきた。

 頂を目指して歩き出せば見目に似合わぬ闊達な足取りで父親達の先を行く。

「平気ですわ、父さま──世羅はもっと早くも歩けます」

 振り返った娘は額に滲む汗を光らせながら、そう言って笑う。

 こういうところは一体誰に似たのだろう──思わず苦笑しながらも、玖琅は足を止めることなく先に進んだ。

 途中、岩にしがみつくようにして登らなくてはいけないような険しい箇所もある。

 そういった場所には縄が掛けられており、それを頼りに登ることが出来るようになっていた。

 それでも行く手を阻むように聳える岩壁は、見る者を怖気付けさせる。

「世羅、一人で登られるか?」

「大丈夫です」

 そう言った世羅は躊躇う事無く岩に足をかけ、縄を頼りにゆっくりと岩壁を登り始めた。

「伯邑」

「私も、一人で登られます」

 世羅が登る姿を一心に見つめたまま、伯邑も負けじと言い放つ。

 その微かに震えた声からは緊張が感じ取れた。それと同時に挑戦することへの意気込みも。

「無理はするな。無理だと思えば私を呼べ。いいな?」

 素直にこくりと頷いた伯邑は、世羅が登り終えたのを見届けるとその後に続く。
 
 
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