壱之庭

□訣縁
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「何だ、お前か」

 突然現れた百合の姿を見ても縉華は王座に深く腰掛けたまま、驚きもせずに呟いた。

「何時も突然湧く奴だな」

 興味のなさそうな声音とは裏腹に、瞳には好奇の色が浮かぶ。

 百合に向けてにやっと笑うその顔は、やはり魅力的だった。

「こんにちは、おにーさま」

 百合はぺこりと頭を下げた…だがそのまま言葉が続かない。

 落ち着かず、もじもじと言葉を探して縉華を見る。

「おかしな奴だな。用があるから来たのだろう?」

 薄い笑みを浮かべたまま、縉華は百合を促した。

「えーと………お詫びとお礼と、ご挨拶に…何だか黎深がご迷惑をお掛けしたみたいで…」

「ああ…」

 縉華は相槌を打ち笑う。

「紅黎深が手切金を寄越せと乗り込んで来たからな」

「げっ」

 百合は思わず呻いた。

 あの身請け合戦…どうしてあの兄が? とは思ったが、黎深の奴め…百合は小さく舌を打つ。

「本気で身請けするつもりだったんだがな」

 縉華の冗談なのか解らない台詞に、百合は乾いた笑いを溢す。

「はっ‥ははっ‥そっ、それと…縹家の方も何とかして下さったみたいで…」

 
 半分話を変えようと続けた言葉だった。

「ん? ああ…ちょろちょろ目障りだったしな。千切りにして箱詰にした」

「千‥切り‥」

「数が多くて骨が折れたな。奴にもぶつくさ文句を言われたが…」

 独り言のように呟き、そして真っ直ぐと百合を見据えにやりと笑う。

「…当面あの家に、お前に割ける手は無いだろう」

「あ‥ありがとうございます」

 聞かなければ良かったと百合はくらくらしてきた頭を支えた。

 やっぱり、とんでもない兄達である。

「私も祝いを言わなきゃならんな?」

 言葉を失い黙り込んだ百合に、縉華から声を掛けた。

「?」

「嫁入したそうだな。まぁあれなら損は無いだろう───得も無いがな」

「うぅっ」

 覚悟を決めた筈なのに、本当の事を言われた百合はちょっぴり怯む。

「───で、後は挨拶か?」

 ん? 縉華が瞳で問う。

「えーと、何とか『百合』として生きて行けそうなので…」

 これこそとんでもない話だが…結局黎深の嫁になってしまった。

 それだけではない。

 
「ここで可愛い劉輝公子の子守して暮らすのって、まだ魅力的なんだけど、こうのお母さんになっちゃったし…」

 ぶつぶつと呟いた百合は、最後の言葉を告げる為に精一杯笑った。

「だから二度と此処には来ません。今日が最後です」

 『百合』の存在のあやふやさと危うさは、百合自身が一番良く知っている。

 だから、兄と妹として会う事は二度としない。

「好きにしろ」

 ふんっと鼻を鳴らし、縉華は口元だけで笑う。

「まぁ、あれに愛想が尽きた際には母子共々拾ってやる」

「う〜」

 百合は縉華にぎゅうっと抱き付く。

 自分の髪と同じ質の髪が頬を擽る…百合は甘えるように頬を擦り寄せた。

「…ありがとう、お兄様」

 宥めるように…大きな掌が意外な程に優しく百合の背中を撫でる。

「…お前、馬鹿でなくて良かったな」

 馬鹿だったら殺していた…そう言わんばかりの口調に、少しだけ背筋が凍った。

 それでも、その背を撫でる掌は優しく…

 百合はその広い胸に顔を埋めた。

 

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