壱之庭

□堕楽
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 二度と逢えなくたって、何処かで生きててくれたらいいと願った。

 いない、この世なんて耐えられない。

 刹那すら・・・いられない。





「蛍…」

 のこのこと自分の前に現れた男に十三姫は呆れた。

 久方振りの…額にしっかり罪人の印を刻んだその顔を、十三姫は目を逸らす事なく見つめる。

「…で、何しに来た訳?」

 たっぷりと、互いにその顔を見つめ合って…ようやく十三姫は問うた。

「…お前に会いに」

 死んだ男は、そう言って薄く笑む。

 生きている時はこんな笑い方をする男ではなかった…そう、少なくとも自分の前では。

 十三姫は口唇を噛む。

「…兄様達に見つかったら見逃しては貰えないわよ?」

 口ではそう言ったが、この男が馬鹿ではない事を十三姫は知っている。

 きちんと見定めた上で自分の前に現れた…そして、この一度だけなら、兄達も見咎めないであろう事も。

「解ってる」

 そのまま男は口を閉じ、再び無言の刻が流れる。

 十三姫は相手が口を開くのを待った。

「蛍…」

「何?」

 ようやく口を開いたかと思えば名を呼んだだけでまた黙り込む。

 
 此処まで来ておいて、まだ何を躊躇うのだろう?

「…兄様達と約束をしたわ」

 待つ事に焦れた十三姫がぽつりと呟いた。

「あんたの命を助けてくれるなら何だって聞くって…土下座して、額を地に擦り付けて…」

 三人の兄達と『取引』した日を思い出し、ふっ‥と、自嘲する。

 無様な程憐れで滑稽な、力の無い自分。

 誰かに縋る事しか出来ない、無力な自分。

「…軽蔑した?」

「いや…嬉しい」

 そう言った男も微かに笑った。

 だがその笑いは嘲りを含まぬ優しい…懐かしいもの。

 懐かしくて懐かしくて…胸が張り裂けそうな想いが溢れ出す。

「あんたが生きててくれて嬉しいわ…迅」

 その名を口にした途端、十三姫の双眸から止め処無く涙が溢れる。

 絶対に泣かないと決めたのに…

 歯を喰い縛っても涙は止まらない。

「蛍…」

 迅は腕を伸ばし、十三姫を抱き寄せた。

 互いの脈動が重なり合う。

 その脈動が、触れる肌の熱が、掛かる吐息が相手の生を感じさせる。

「迅…迅…」

 何度もその名を呼び、十三姫は迅の胸に泣き崩れた───


 

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