壱之庭
□ながいあいだ
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想いが叶っても、それが最良ではないこともある――長い長い間、抱き続けてきた想い。
その間、何度も桜が咲き、散っていった。
はらりはらり散りゆく、寂しげな花びらたち。
けれど、瞳に映る花びらがやがて土に還り消えても、胸の中では静かに降り積もり、隙間を埋め尽くしてゆく。
「余は、秀麗に出逢えただけで、幸せだ」
そう囁くと、彼女は静かに微笑んだ。
「だから秀麗、そなたが官吏でありたいと思うのな‥」
「それ以上は言わないで。よろめいちゃうじゃない」
途中で言葉を遮られ、最後まで言わせて貰えない。
「やはり、無理をしているのだな?」
そう尋ねれば、小さく首を振る。
「ずっとやりたくてやりたくて、やりがいがある大好きな仕事だもの、未練がない‥なんて言えば嘘になるわ、でもね……」
そこまで一息に言って言葉を切ると、少しだけ苦笑を浮かべる。
「私じゃなければ出来ない‥なんてことも、この世にはないのよ?」
迷いのない瞳が真っ直ぐ自分へと向けられる。
「小さかった朱鸞が、約束通り私の後を追いかけてきてくれた。その朱鸞の背中を、また誰かが追ってくれる。その中には、私がやりたかったことを続けてくれる人が必ずいるわ」
彼女の瞳は微塵も揺るがない。未練はあるが、後悔はないことを告げるように。
「でも、あなたのことを劉輝‥って呼んであげられるのは、私しかいないみたいじゃない」
呆れたような呟きのあと、くすくすと笑い声が零れる。
「誰とも結婚しない‥なんて宣言するわ、リオウくんを無理やり養子にして、強引に跡継にしちゃうし。本当に誰もおくさんにしないまま、いい歳になっちゃって」
「余は、秀麗以外を妻に持たぬと決めた。でも、秀麗に無理強いしたくはない。叶わぬのなら、叶わぬままでも構わない」
それこそ、彼女を妻にしたい‥と、いう想いに未練がない訳じゃない。けれど後悔させたくも、後悔したくもない。
「バカね、とっくに判っているくせに」
そう言うと、彼女は自分達の間に、僅かに残っていた距離を埋めるように歩み寄る。
「あなたが好きよ、劉輝――ずっと、後回しにしてきてごめんなさい」
そっと寄せられた彼女の柔らかな身体をおずおずと、優しく抱き締める。
寂しかった。寂しくて寂しくて、辛かった。その孤独からいつも逃げ出したかった。
けれど秀麗と出逢い、いつしか知った。人は孤独でも、一人じゃないから生きていけるのだ……と。
「秀麗が妻になってくれなくて、余は寂しい。けれど、秀麗を愛しているから、寂しくない」
同じように、同じ道は行けなくとも、心の内で自分を想ってくれる人がある。想いはすれ違おうとも、自分の中にあるものが迷わなければ揺るがない。
「愛している――秀麗に出逢ってから、余の胸の中にはずっと秀麗がいてくれた。それだけでも、余は幸せだ」
強がりではない。だがそれでも、望みが叶えられるというのなら、手を伸ばさずにはいられない。