壱之庭

□氷血
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「君を愛してる」

「三度目じゃな」

 欠伸を噛み殺しつつ、薔薇姫は呟いた。

「今日のは余り芸がないのう」

「姫様、その言いようは邵可様がお気の毒です」

「そうそう、飾りっ気のないのが女心をぐわっと鷲掴みっ!って事もあらーわなっ? 珠翠?」

「阿呆め、それで鷲掴まれるならとっくに掴まれておろうに」

 違いねぇと笑い出した北斗につられ、薔薇姫ばかりか珠翠まで笑い出す。

 割りと真剣に、心を込めて言ってみたのに駄目らしい。

 笑っている三人を横目に邵可は再び考え込む。

 思いつく限りの愛の言葉を囁いてみた。

 時々は頬を赤らめたりする彼女が見られ、結構いい線行ってるんじゃないか‥? と、思った事も一度や二度じゃない。

 けれども彼女の口から諾と言う台詞は聞かれない。

 とにかく、自分はこういう事が得意ではないのだ。

 これは随分不利だと思う。

 
「魁っ! 元気出せってっ! 美味い飯作ってやっからよぉ」

「珠翠もお手伝い致しますっ」

 そろそろ夕餉の支度をと北斗が立ち上がり、珠翠がそれに続く。

 北斗の不味い飯にも、珠翠のとんでもないお手伝いにも少々辟易気味だが、自分でするよりは面倒でなくていい。

 行ってらっしゃいと二人を見送れば、室には二人取り残される。

「君を愛してる」

 今度は相手の鼻先まで顔を近付けて囁いてみる。

 途端、さっきまでの余裕の表情は消え、頬に赤みが差す…どうやら二人切りの時の方が、同じ囁きでも効果があるようだ。

「よっ‥四度目じゃっ」

 少しどもりつつ平静を装う薔薇姫に、邵可はくすりと笑みを溢した。

「うぬっ、なっ‥何が可笑しいのじゃっ!」

 動揺した口惜し紛れか、薔薇姫の手のひらが邵可の胸を打った。

 大して力の籠らないそれに、邵可の口唇が淡く開く。

「君を愛してるよ」

 氷が溶け、血に変わる。

 君に愛を囁く度に、少しずつ………

「君を愛してる」

 伸ばした指先が薔薇姫の頬に触れる。

 冷たい自分の指先から、微かな血脈を感じる。

 
 その血脈が己のものか、彼女のものなのか、邵可には解らない。

 何時か氷が溶けて血に変わる時がくれば、彼女に届く愛の言葉をうまく囁けるだろうか?

「愛してる」

 そっと口唇を寄せる。



───その後しこたま打たれて暫くは口も聞いて貰えなかったのだけれども。

 微かに触れたその口唇に、氷を溶かす温かさを感じた───



 

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