★ ★ ★

□彼旨
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『兄上──黎兄上っ』

 その名を呼び、その背を追う。

『兄上っ──黎兄上っ‥!』

 けれど、その背が振り返る事はない。

 手をのばしたその先にその背はあるのに、遠くに在る兄の背よりなお遠い。

『黎兄上──兄上っ』

 白い花が降る。

 降りやむ事を知らぬ花は帷となり、兄の姿を包み隠す。

 のばした指先は誰にも届かないままに、白い世界に呑み込まれる。

『兄上……』

 泣けば優しく頭を撫で、涙を拭ってくれた人は帰らない。

 頼りない想いを分け合う相手は全てを拒絶する。

 まるで辿り着くべき行先を見失った浮舟のように、花の湖にたった一人残される。

「兄上……」

 呼び掛ける呟きは降り頻る白い花びらに吸い込まれ、届く事はない。



 いくら泣いても涙を拭ってくれる人がいない事を、知る──




 

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