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□彼旨
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『兄上──黎兄上っ』
その名を呼び、その背を追う。
『兄上っ──黎兄上っ‥!』
けれど、その背が振り返る事はない。
手をのばしたその先にその背はあるのに、遠くに在る兄の背よりなお遠い。
『黎兄上──兄上っ』
白い花が降る。
降りやむ事を知らぬ花は帷となり、兄の姿を包み隠す。
のばした指先は誰にも届かないままに、白い世界に呑み込まれる。
『兄上……』
泣けば優しく頭を撫で、涙を拭ってくれた人は帰らない。
頼りない想いを分け合う相手は全てを拒絶する。
まるで辿り着くべき行先を見失った浮舟のように、花の湖にたった一人残される。
「兄上……」
呼び掛ける呟きは降り頻る白い花びらに吸い込まれ、届く事はない。
いくら泣いても涙を拭ってくれる人がいない事を、知る──