Pandora Hearts

□雨上音色
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ピチョン…







ピチョン…









雨の上がった庭は、涼しくて



あの夜は特に



優しい感じがした


































「…ジャック」




装飾の施された柱の影に寄りかかり目を閉じている男が一人。
夜中の庭に聞こえ出した笑い声に声をかけた。
あはは、あははと子供のような声が、広大な庭の草花を揺する。

ジャックと呼ばれた笑い声の主は、両手を大きく広げ柱の影の男に駆け寄ってくる。なんともまあ優男で、華奢な体つきで、金色の長い三つ編みを垂らし、エメラルドグリーンの両の瞳が夜の光に揺らめいていた。




「グーレーンー!!!!」






さわりと風が凪ぐ。
庭の至るところからぱらぱらぱらぱらと雨粒の落ちる音が聞こえてきた。
寒さの厳しい季節は過ぎ、寒い、というよりか、涼しかった。今日は昼間雨が降っていた旨、余計に。







グレンと会うのは久しぶりだ。
最近忙しく顔を合わせる機会がまったくと言っていいほどなかった。
無口だが、自分の唯一無二の友。
本来入れぬこの邸にジャックが入れているのもグレンのお陰であった。隠れて悪戯もとい、探検をしているだけだったが。








ズルッッッ!!!!!






「…あ」



バシャンッ




勢いあまり、グレンの目の前でジャックは足を滑らせ水溜まりに盛大に飛び込む。ついでにグレンの服の裾までびっしょりにして、転んじゃったあ〜と情けなく眉をハの字に寄せてクシュンと小さくくしゃみをした。


すんと鼻を吸うと、無言で手が伸びてくる。目の前の大きな掌に一瞬戸惑ったが、顔を見ると、グレンは微笑を浮かべていたため、ああ怒ってないのかとその手を取る。




「相変わらず落ち着きがないな」



「すまない、グレン」



少しはしゃぎすぎてしまったよと恥ずかしそうに頭を掻き、起き上がる。
くん、と引く手は少し冷たくて、寒いのだろうかと疑問が浮かんだが、そういえば何時もこのくらいかと思い出す。
否、このくらいが子供体温の自分にとって丁度よく気持ちいいことも思い出した。

そっと手を放し、濡れ、泥にまみれた服をとりあえず叩いてみた。
大きな泥土は幾らか落ちたがあまり効果はない。

困ったねと笑うと冷たい指が、頬の泥を拭った。



「寒いだろう?」


「まあ…寒いね」



お互いくすくすと笑い、それから服を汚してしまいすまないと謝る。

グレンは構わないと呟き、踵をかえして邸の方へ向かっていく。「グレン?」と呼べば、僅かに振り返って、着いてこいと囁かれた。



































「…グレン」



「なんだ?」



邸の廊下を歩いていくグレンの背中に投げ掛ける。
それから自分が今まであるいてきた長い廊下を振り返る。




「…私が歩くと廊下が汚れてしまうよ?」


「構わん…後で掃除させる」


「すまないね…」



苦笑して言う。
女中たちに見つからないか少し心配したが、グレンがずんずんと進んでいくため、置いていかれないよう、時折小走りになりながらその背中を追った。


「ねえ、そういえばどこへ行くんだい?」



「風呂だ」




呟かれた言葉に、え?と聞き返す。
だが、今のままでは確かに寒い上、グレンの服も、自分の服も泥だらけである。
グレンの少し強引な提案に、そうしたいねと笑えば、彼をよく知らないではわからないであろう微笑をほんの少し振り返って向けてきた。






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