デュラララ!!
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こんな想いなんて
汚れてしまえば忘れられる
その程度だと思ってた
*
シズちゃんと最後に顔を合わせてから二日目の朝。
耳元で唸り喚いた携帯のバイブに急速に眠りから覚醒させられる。
朝から誰だと画面を見れば
『Calling 岸谷新羅』
昨日―――というか一昨日から昨日にかけて―――の自傷的な、自虐的なあんな行為のせいで昨日は丸一日ろくに動けず、
今朝、日も昇る前から溜めた仕事を躍起になって終わらせようとしていたわけでありまして。
そのまま机に突っ伏していつの間にか眠っていたらしく、唸る携帯を呆然と持ちながら見た時計の短針は無情にも11。
ダメ人間だななんて思って、いつまでも鳴りやまない携帯に諦めて通話ボタンを押す。
『やあ、おはよう!いざ「切る」
『ちょちょちょちょっと待ってよ!?何?俺何かした!?』
「何もかもアウトだ。なんで電話してくるんだよ。今までろくに連絡なんてとってなかったのになんで最近になって急に……」
『いや、臨也が寂しがってるんじゃないかなあって思って』
「……俺が?なんで」
『そんなの君が一番わかってるだろ?』
「…………切る」
『待ってよ!!』
あからさまににやにやしてやがる…
それを隠そうともしないバカ医者に苛立ちばかりが募る。
しかも今はあんなことがあった後だから、二重の意味で誰にも会いたくないというか(特に新羅とは)関わりたくない。
「ずいぶん暇なんだね。闇医者っていうのは」
皮肉をぎとぎとに含ませてそう嘲笑ってみても、新羅は相変わらずへらへらしたまま『まあね』と笑う。
情けない。
こんなバカ1人さえ言い負かすこともできずに、俺は苛々している。
情報屋たるもの自分の気持ちなんかを露見させてしまうなど、言語道断だろう。
最近俺はおかしい。
あの、才能ともとれる饒舌は、神隠しにでもあったように消え失せてしまった。
あれがなければ俺じゃないのでは、
とか少し思ったけれどわざわざ自覚する程のことではなかったのかとため息を吐かざるをえない。
『でも昨日は忙しかったんだよ。静雄が自分のパリパリいう音で眠れないってキレだしたから明け方までかかって何とか宥めてさあ…。結局昨日は一日かけて静電気除去シートだのなんだのを買い占めてきたんだよね。池袋中の静電気対策グッズが消えたのは静雄のせいだから』
「…………で、結局…何?」
『ううん、用事はない!ただ臨也が静雄に会いたがってるかなあって思ってさ』
いつもなら、
キレはしなくとも鼻であしらったり、新羅のこんな悪ふざけ程度なら、何かしらの反応をすることなんて、(うざいが)苦ではなかった。
なのに、
「………………」
なのに、喉が詰まったように何も言えなくなって、押し黙ってしまった理由など、俺が知る由もなくて。
ただ、俺以上にその沈黙に焦る新羅の声を俺の頭が一向に把握する気配はなかった。
今、もしインターホンが鳴って、玄関に、シズちゃんが立っていたなら、
殺されてもかまわない。
俺はその場で陳謝しただろう。
土下座でも何でもしてやる、なんて、そんなことを思えてしまうほどに、俺は後ろめたかった。
シズちゃんを忘れたくて、シズちゃんのことを考えている自分がやるせなくて、それであんなことして、なのに俺はいまだに未練たらしく
―――――会いたい、なんて思っていて
自分は汚されてしまった、否、汚してもらったのに、
会えなくても少しだけ顔を見に行こうとか、そんな逃げ道は消えるはずなのに。
そう、思っていたのに。
俺は久しぶりに自分の考えが間違いだったことに気付いてしまった。
普段の俺は自覚があるほどに過剰な自信を持っていた。
自分の企てが、失敗することなどないのだと、
心のどこかで思っていたのだ。
なのに俺はもやもやと自分の気持ちにつぶされかかっている。
『…………ねえ、臨也?ずっと黙ってたんだけど………君は、静雄のこと……』
「…………――――――ああ、大嫌いだよ」
やっとそれだけ絞りだすように呟くと、君らは似た者同士だなあとため息をつかれる。
お前に言われると苛々すると苛立ちを露にしようとした瞬間、キャッチが入ったから切るとかけてきたときと同じくらいに新羅は一方的に電話を切った。
『静雄は君と会えなくて寂しいみたいだけどね』
そんな言葉を残しやがって。
しばらく通話口の沈黙に脳がついてこず、ようやくはっとして携帯を投げ捨ててベッドに沈む。
もう昼だというのに、否、昼になってしまったから、ぐだりと身体がだるい。
シズちゃんからも片桐からも逃げるように、新宿へ帰ってきたけれど、
俺はこの街にすら迎え入れてはもらえなかった気がした。
ある意味で、それは快楽でもあった。
あくまでも、少し前の俺の感覚だが。
対照的に、対称的に。
シズちゃんは池袋に愛されていると思う。
むしろ池袋の、周りの、いろんな人間に、愛されている。
もしかしたら俺はシズちゃんが羨ましくもあったのかもしれない。
馬鹿で単細胞で人の話聞かなくて馬鹿力で馬鹿でどうしようもないほどの馬鹿野郎のくせに、俺の持っていないものを持っているからだ。
俺とは違う。
一言話せば怪訝そうな目で見られ、
限りなく嫌われ役の俺とは。
まあだからといって別段愛されたいわけじゃない。
ただ俺が少し[人間を知りたい]という自分の欲望に、本能に、素直すぎるだけだという話だ。
簡単な話だ。
シズちゃんには無縁のことなのかもしれないが例えば命が危険に晒されたとき、それがシズちゃんならばきっと、否、絶対に、
いろんな人間が、いろんなネットワークを介して、いろんな手で集まって、シズちゃんのことを助けるだろう。
俺は、
きっと1人でのたれ死んでいく。
構わない。
嫌ではない。
ただ、ふと、俺は1人なんだと自覚して、
急に虚しくなって、
新羅が最後に呟いた言葉をぐるぐる脳内で掻き混ぜながら布団を握り締めた。
埋もれてみたけれど
誰も見ていないことなどわかっていたけれど、
一度枯れはてた涙はやはりもう出なかった。