デュラララ!!

□明日、晴れ
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雨は今日で3日目だ。

肌寒いのは好きじゃない。

一年中バーテン服というのもたまに不便に感じる。
トムさんは服変えればとか、たまに言ってくれるが幽がわざわざくれた服を寒いからといって着なくなるのは、あいつとの約束を本当に破る羽目になりそうで少し後ろめたくなるから、やっぱりこれでいいかとワイシャツに袖を通すわけだ。





しとしとと降る霧雨は、あまり好きではない。
あくまでも、あまり好きではない、であって、雨が嫌いなわけではない。

ただ少し、雨が降ると思い出す嫌なことが23年間も生きていれば一つや二つ……というか基本的にノミ蟲が原因のものばかりだが。

思い出したらイライラしてきた



「…………あ」



めきょりと、多分普通の人間じゃあ聞き慣れない音が手元からする。

しまった。

これで何本目だろうか。


ひしゃげた紺色のまだ雨粒をよく弾いていたその傘はあらぬ方向を向いて、俺を雨下に晒した。

虚しくなって、きざきざに手のあとを残したその取っ手を両脇から引っ張れば、またぎゅなりと、普通の人間じゃあ聞き慣れない音が手元からした。



矯正した傘は少し斜めに傾いて、俺を雨から守っていた。
昼間は賑やかなこの通りも、夜中のこんな時間、しかも、こんな悲しい雨が降っているときくらいは静かで、ああなんか俺の名前のようだと他人事のように感じた。



*




俺は喧嘩が好きなわけじゃない。
俺は、ヘイワジマ、シズオと言う名に負けないように、平和に、静かに生きたいだけだ。
なのに人は俺を喧嘩人形とか、池袋で一番強い男とか、そういう化け物を連想させる名をつけやがる。

はっきり言って、そういうことに興味があるわけじゃあない。
ただ、この霧雨のように避けることもできないほど、俺の周りにはいつも暴力が、降ってくる。
俺が降らしている、というのは間違った解釈ではない。ただ、俺に暴力を降らせているのは周りの奴等だ。俺じゃあない。


赤信号が雨に濡れたアスファルトを照らした。
その光できっと俺の顔も赤い。
誰もいないのに律儀に立ち止まる。
ああ、こんなでかい道路なのに、車もバイクも、運び屋も、通らない瞬間があるのかと、思う。
肌寒さは、心にも影響するのか、
耳が痛いほど、しん、と眠る池袋は、サムい。




「こんばんは、素敵な傘だね。その曲がり方のダサさはシズちゃんに似合ってると思うな」







雨域は、日本のすべて。

北海道から沖縄まで、今朝の天気予報は、皆、雨マークだった。

またか、と思う。
虚しさは多分、雨のせいではない。


では何の?

その理由は、知らない。

霧雨のように不明瞭。









「…あ"?手前、なんでこんなとこにいんだ?」



破裂しそうな苛立ちを呑み込むことはせずに、ニヤニヤ笑ううぜえ蟲を睨み殺せたらいいと、睨んだ。


睨み殺すのは、今回は無理であったようで、赤信号の向こうで傘もささずにやれやれと肩を竦めるノミ蟲野郎をぶちのめすか、それともこのままここを渡らずに帰るかを考える。

考えている間に、隣の歩行者用の信号がちかちかと点滅した。
一瞬、周りがすべて赤に変わり、自分の前ではなく、もう少し離れたところの信号が、申し訳なそうに色をかえた。


時差式か。


一歩横断歩道を踏んだ足を、また整備された歩道へ戻した。



「睨まないでよっ。シズちゃんこそ、なんでこんな時間にいるのっ?」


「別にいいだろうが!話し掛けんな、消えろ!」



道路の大きさのために、臨也は少し叫ぶように声を出して、笑った。

イライラする。
大体何でこんな時間にこいつと、会わなきゃいけねえ。
何でこんなところでこいつと、会わなきゃいけねえ。
何であいつ傘さしてねえんだ。
見てるほうが腹立つ。
風邪引いたらどうすんだ、あいつは。







「…………ぁあ?」



自分の思考に思わず声がもれた。
何を、言っている、俺は。
なんで心配してんだ?
こんなにイライラしてんのに。



まだ信号は変わらない。
雨足も、弱くはならない。

晴れは、しない。


「…シズちゃん!」


「黙れ、帰れ」


「もう195日前から言い続けてるけど、シズちゃん、シズちゃん、大好きだよ!ほ〜ん〜と〜ぉに!」





両手を広げて言い放つゴミに、馬鹿かと頭を掻く。
こんな馬鹿げた冗談を、半年以上前から言い続けるこいつにはほとほと呆れる、というか滅びればいいと思う。
こいつが本気なわけがない。



「黙れ!気持ちわりいっつってんだろ!」


「だって、好きなんだもの!シズちゃん素直なの好きでしょ?ほら見て、折原臨也は今モーレツに素直だよ!俺のこと好きになった?シズちゃ「あ"ぁああ"ぁあ!!うぜえうぜえうぜえ!!」





めきょり


また傘が曲がって、それを今度は数十メートル離れた臨也にぶん投げた。


ひらりと避けられた哀れな傘は、ガードレールに突き刺さって止まった。


あ、


また傘無駄にした。



そういうわけで、はあとため息をつけば、少し頭の血もひいて、こいつにこんな体力を使うのは、無駄だと身体が愚痴って、そうだなとまた頭を掻いて空いた手をポケットに突っ込んだ。


肌寒さはあまり好きではない。
雨はあまり好きではない。


ちかちかと青い点滅が俯いた視界にうつる俺のワイシャツを青に、赤に、交互に染めた。



そして、漸く


ぱ、と目の前が青く染まる。
その青い光できっと俺の顔も青い。
現に、ちらりと顔を上げたら、臨也の顔が、青く染められていた。
あんなに異質なものなのに、今は俺の世界の、ただ一部に見えている。




「渡らないのっ?」


「手前が渡ったら渡る」


「シズちゃんが俺に好きだって言ってくれたらいくらでも「嘘でも嫌だ」


「…即答はないと思うな、シズちゃん」





ああ、疲れる。


疲れるけれど、これは



「…………」



「…………………」













「せえの、」












*






重い。


腕にすりすりと女のように擦り寄ってくる臨也を、振りほどきもせずに歩く。
それは気紛れ。
肌寒い今日には、ちょうどいいからと、
それは言い訳。

好きだ好きだと楽しそうに歩く蟲に、歩きにくいとなじる。
俺が幸せだからいいとにっこり笑われて、怒る気も、今更失せる。



大好きなんて、
曖昧なコトバ

曖昧なカタチ

奇妙なオモイ

緻密なシコウ


俺は、馬鹿だからいつもこいつに嵌められる。
だからこんな見え透いた企みにのるはずがない。
俺はそんなに馬鹿ではない。



「シズちゃん、」


「……んだよ」


「俺のこと嫌い?」


「死ね、くたばれ、消えろ」


「酷!それは酷いよ、人間として」


「聞いたのは手前だ」


「まあ、そうなんだけどさあ………なんで俺のことぽいっ、てしないの?シズちゃんなら簡単じゃん。いつも最初は喚いてる割に、最後はこういうの許してくれるし。ねえ、なんで?」


「知るか。なら今すぐ捨ててや「ごめん、ごめん、それは嫌だ」




嘘はついていない。
わからないのだから。
自分でも奇妙なくらい、こいつを追い出そうとしない。
右手でぎにゃりぎにゃりと変な音をたてているぼろぼろになってしまった傘の骨が、嘲笑うように揺れた。


肩のじっとり濡れた臨也が寒そうに不意にふるると震えた。
濡れないようにと、臨也が絡めている腕をもう少し引き寄せた。



イライラする。

あからさまに答えが存在する悩みを、俺は多分抱えている。
解けそうで解けない問題。
出れそうで出られない迷路。
問題文すらわからずに俺は悩んでいるから、余計にイライラは募る。







明日も、雨だろうか

雨ならば、また、今日のように、今日と同じように1日がすぎるだろうか

そうしたら、どうだろうか

答えは出るだろうか




「…明日の天気知ってる?」


「いや」


「明日、晴れだって。」



そうかと息を吐いた俺はひしゃげた傘のそれごしに空を見ようと上を見た。


「シズちゃん」





声に、仕方なく下を向く


信号が、赤に変わった

さっきよりも細目の道路に、今度は時差式ではないだろうなと推測した。



「シズちゃん」



何度も一体何なんだと尋ねれば、前を向いて信号の赤い光に染められた臨也がこちらを見上げた。


その色香に、不覚にも胸が軋んで目をそらし掛ける。
カチャリと一度サングラスの位置を深くして、臨也を見た。








「シズちゃんが、好き」










ちかちか、色を変えた信号の
その光で俺の顔は、紅い。




不覚にもこいつが言うから



明日は、三日ぶりの



晴れ




end…







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