Pandora Hearts

□溺夢輪廻
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暗闇に目を開ければ身体ががたがたと震えていた

かちかちとなる顎に状況を把握しなければと目を凝らす

ちょうどその時に窓からさーっと蒼白い光が斜めに射し込んで、そこが広い部屋で、自分は大きなベッドに寝かされていて、でも身体はびしょびしょに濡れていることがわかった

わかったけれどわからなかった

さっきの夢の続きなのかと硬直した脳が思った


ベッドの脇に蒼白い光が照らしだした人影
今更怯えも驚きもなくて、ただ懇願するように彼を見た


「……ぃ、さむ、い…たすけて…」


別に彼でなくともよかったかもしれないがすがりつくように今出せる限界の声量で蚊が鳴くように言った

彼は無言で歩み寄り、濡れた服に手を掛けた

そして鈍色に光るあの刃で衣服のみを切り裂いた

刃はもう血に塗れてはいなかった


濡れた衣服を奪われ、全裸にされる
何をされるのかと不安げに目を向ければ、今度は前から抱き締められた

でも今度は体温が下がりきっていたからか妙に温かくて、拙く彼の、グレンの背に腕をまわした


「お前は私の物だ」


その低音が耳を掠めて、思わず喘ぐように声をもらした
すり、とグレンのほうから頬同士をすり寄せてきて、吐息の交わる距離で目を合わせられる

そんな動作に彼はこんな人間だったかと静かに思う


名前を呼んでと願う
そっと手を伸ばして少し開いていた妖艶な唇に触れる
抱き締められた身体はまだ冷たくて先程よりも小さくかたかたと震えていた


触れた唇は、ふと微笑を漂わせると抱き締める腕の力を強くして口付けてくる

痛いくらい抱き締められて
わけもなく涙は零れる

求めるように舌をのばせば、食らい付くように吸い上げられて
熱い口付けに腰が抜けてがくりとグレンの胸へ額を当てた


「は、…はぁ…ぅ…」


「いずれ、お前は私の身体になる」


拒む権利などないんだなと目を細めれば、世界がぐるりと反転してベッドにまた倒されて、覆いかぶさられる
彼の瞳は何も映していないのかと自傷的に笑う
俺のことなど、見ていないのかと嘆く



名前を呼んでと願う


この存在を認めてくれと、キスをせがむように彼の首に両腕をまわした


軽いリップノイズが蒼白い部屋に響く


「だからお前は私の物だ」


歪んだ理由の独占欲に、何故か欲情して

胸の突起を吸われ背中が弓なりに仰け反った


「…っあ、んん」


頭がぴりぴりとする
寒さはまだ残っていたけれど今はどうでもよくて、ただ正直に甘ったるい声をあげた
背筋に走る電流のような毒々しいそれを人は快楽と呼ぶんだろう

今まさにそれに身体を蹂躙され、支配される俺は酷く淫らであると思う


「ぁ、あ"ぁっん、んん」


腰に這う指先がそんな思考回路さえ寸断して、彼の赤い舌が押しつぶすように胸の突起を舐める様子がまざまざと視界に映り、直接的に快楽として身体を駆け巡る


「ぁ、ひぐ、ぅうぁああっ」


泣きじゃくりながら果てた
涙でいつの間にかぐしゃぐしゃになった顔を更に歪めて子供のように泣きじゃくる
泣いていることに意味などはない
ただ無意味に溢れだす涙を止めることができずにいた
もはや存在しない恐怖だの怯えだのはやはり原因ではなくて
何故俺は泣いているのかと疑問に思う


ふと伸びてきた腕に頭を不器用に撫でられ、少し乱暴に、でも優しくしようとしているのが何となくわかるように、涙を拭われた

泣くなという様に唇を押しあてるように口付けられて、ほろりと落ちた涙がその時は最後のものとなった


「好きなんだ」


「私は夢だ」


「それでも好きだ」


「私はお前だ」


「それでもあんただ」


「私は虚像だ」


「それでも俺はあんたに触れている」



知っている
彼は俺が作り出した記憶のなかの紛い物
紛い物の幻想に俺は恋をした
グレンという名の虚像を探して、俺は毎晩毎晩いろんな夢を渡り歩き続けて、ぐったりとしたところでグレンに抱かれるのはどうしようもなく心地よくて
それにはまってしまった俺は
グレンを求めて眠り続けている

知っている
現実の世界では眠り続けている俺をみんな心配していることなど
否、そんなものはおごりでしかない
ただのエゴでしかない

心配していようといまいと、俺はこの世界にいたい
彼がいるならここにいたい
たとえそれがまやかしの愛情でも、まやかしの存在だとしても


「抱いて、グレン」



ああ、どうか名前を呼んで
愛していると囁いて

俺の夢だ
俺の望むようにして


グレンは相変わらず見透かすように見つめてくる
汚い心を見透かされているようでまた泣きだしそうになる
きっとこれは悪戯を見つけられた子供のような感情


「名を呼んだなら」


静かに薄い唇からもれる言葉に耳を傾ける
そっと頬に添えられた手はもう冷たい
ぎゅ、とその手を掴んで頬を擦り寄せると胸の奥が熱く揺れて


「お前はすぐに目を覚ます」

それは嫌だと思う
でも構わないとつぶやくと、夢の欠片の優しいグレンはそっと言う


「ギルバート」


ああ、幸せだと弱く笑って俺は目を覚ました





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