Pandora Hearts

□忘却傷痕
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痛いのか、唇を震わせ涙を流している。

痛いのですカ?と聞けば、赤く腫れた眼で悲しそうに見つめられる。


そんな瞼を舐める。

舐めて、くすりと笑う。

ギルバートがほっと息をついた途端、彼の整った顔を殴り付けた。


「…ぐ、…」


「痛いでショ?ギルバート君」


口の端から溢れる血を舐めとる。
鉄臭い。
だらだらと溢れる鼻血が更にギルバートの白い顔を赤く染めていく。
涙に濡れていた白いシーツも赤く、染められていく。


虚ろな金の眼が此方を見つめてくる。
どうして、と尋ねられている。
口に出されなくともわかっていた。
なぜなら自分すら、理由がわからずにいたから。




この青年とこういった肉体的な関係を持ち始めたのは半年程前で。
涙を目にためた彼から思いを告げられた時は、面白い冗談が言えるようになったじゃないかと頭を撫でたけれど、どうやら本当だったらしく、ためた涙をぼろぼろ溢して、どうせ俺なんかと鬱になってしまったため、慌てて言葉を選び直した。

遊びと興味本意で付き合ったのも嘘ではなくて。

でも自分の方がはまっていってしまったのも嘘ではなくて。

大事に思えば思うほど、己の中の狂気が傷付けたいと思うのも嘘ではなくて。

傷付けることで自分のものにしたいとわがままを思っていたのも嘘ではなくて。



だが狂気はいつからか、耐えることさえも辛くなっていた。
壊したい。
壊して自分のものだと思いたい。


ただ、傷付けたくないと思っている自分も本当にいる。狂気を自制心がなんとか食い止めていてくれた。

だがもう無理だ。

止まらない。
壊してやる。


「血だらけですヨ?可哀想に…。私がどうしてこんなことをするのかわからないのでショ?」


しかしギルバートは言われたとおり黙っている。
自分が言い付けたのだが腹がたつ。


がっと前髪を掴みあげ顔を晒す。
もう片方の手で乱暴に胸の突起を弾けば、ぎゅ、とシーツを掴むギルバートの手の力が強くなる。
その顔は涙やら血やらで顔だちがよく分からないほど真っ赤になっていた。
血は少し固まり始めていて、ギルバートが顔を歪める度に、ぱり…と小さく音がする。



前髪から手を離し、首筋に唇を這わす。
そのまま肩口に思い切り歯をたてる。


「ぁ、いっ…、ぐ…」


「痛いと言ってもいいですヨ?でも喘ぎ意外の声たてたらもっと乱暴にしますネ」


涙を流しながらふるふると首をふる。

滑稽だ。

昨日までは優しく、優しく抱いていたのに。
昨日までは愛していたのに…否、今も愛している。

愛して、愛して、愛して
愛してるから壊してしまいたい。
自分だけのものにしたい。
自分だけ忘れられなくなって、そして


…そして、



「…ん、ぁ、んん」


「こんなに乱暴にされているのに感じれるんですカ?とんだ淫乱ですネ」


いつものように違うとは反論してこない。
涙を流して喘ぐだけ。

噛みついた白い肩から溢れる血を舐めとる。
吸血鬼みたいだ、なんて思う。

胸の突起をねっとりと舐めあげ、歯をたてる。
痛いだろうと思う強さで噛む。
上からは酷く苦しげな声がふってくる。


誘ったりした彼が悪いんだ。

自分が死ぬ夢なんかを見る彼がいけないんだ。


痛みで気絶すればいい。
痛みに物が分からなくなればいい。
自分のことだけ見て。
忘れないように傷付けるから。


白い胸板に爪をたてて、引っ掻く。


三本の細い血の川が生まれる。
白い肌にとても、悲しいくらい映える赤。


血を見たら、


自分を思い出せばいい。


愛してるんだ。
本当は、本当に愛してるんだ。
でもきっとわからないだろうね。
構わない。
もういいんだ。



それしか、できないんだ




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