Pandora Hearts

□溺夢輪廻
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目を覚ますと見慣れた天井が視界にぼんやり飛び込んだ


目を覚ますと見慣れない床にだらしなく低俗に這いつくばっていた


目を覚ますと血の海のなかに息絶えた自分を見た


目を覚ますと冷水の中で溺死した自分を見た


目を覚ますと


ああ
これは夢なんだと思い
目を覚ました







*



「眠れないの?」


ギル?と人懐っこい主人の控えめな声に目を覚ます

目に優しく介入してきた蒼白さに、これは月光だと一間をおいてゆっくり脳が理解した

そして、この時間では彼の声も自然と控えめになるのは当たり前だと今度は容易く理解できて

「ギル」


また名を呼ばれる
何度も何度も呼ばれすぎて擦り切れそうな名を
聞き覚えのありすぎる声が、呼ぶ
蒼白した天井は紛れもないパンドラ本部のそれ
その様は義務的に繰り返した日常の中に当たり前という形で焼き付いていた


「ギル、…ギルバート」


「オズ、起きてるよ」


口を開けば冷たい夜長の空気が肺になだれ込む
すーっと冷たくなってふるりと震えた


「眠れないの?」


ゲームの中のキャラクターの様に、同じことだけを同じように彼は言う
何故とは聞かないのに、理由を述べた


「夢、見るから…嫌な感じの…」


「ああ、知ってるさ」


え?と思わずぼやけば、また控えめな笑い声


「それは●●●だろ」



ああ聞こえないよ
何も聞こえないよ
オズが知るはずないんだ
俺の夢など

矛盾矛盾矛盾


そこまできて何も言わずに目を覚ました







*



蒸し暑い

いやこれはそれよりもっと気持ちの悪い暑さだ

まるで排気ガスを浴びせ続けられているような、思わず息を止める気持ち悪さだ

気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い


本当に気持ちの悪い暑さだ

ぬちゅりと音を立てた足元

ばらばらになったナカマを踏みしめて、紅い鮮血の絨毯の上を歩いていく

靴先で蹴り飛ばしてしまったあの腕は誰の物だっけ

ああ
あの紅い眼球はきっとブレイクのだ
オズのは何処だろう
あのエメラルドグリーンはきっと凄く綺麗だろう


ねちゃりぬちゅり


ふらふらと歩いていく
何処かに心地よい涼しさを求めてふらふらと歩いていく
気持ち悪い
蒸し暑い
じめじめと暑い


顔を上げれば血に塗れた刃を手にするそれが離れた場所に立っていた


ああ、これは夢なんだと今度は確信して目を覚ました






*



螺旋階段を上がっていた

下も上もよく見えないまま暗やみにむかって歩き続けていた

無論意味はなく、疲れも感じていないからより一層黙々とのぼり続けていた


カン、カン

カン、カン、カン、カン


硬い音は自分の足音

他に何もないその螺旋階段という空間には異常なほど大きくそれが響き渡っていて、思わず耳を塞いだ


煩い



俺はただのぼっているだけだ


くるくると
くるくるくるくると

同じ場所を回っているだけだ


虚空
虚しい虚しい虚しい虚しい

カン、カン

カン
カンカンカン
カンカンカンカン
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

ああ、誰だ

これが俺の足音だとほざいたのは




カン…ズリ…カン…ズリ


下を見ても何もいないから、上を見たらそれがいた
血潮に塗れた刃をズルズルと引きずりながら、ゆっくりと螺旋を下りてきた

恐怖に絶叫して
逃げるように目を覚ました






*




ガクガクと世界が揺れて、目を覚ますとエメラルドグリーンに見透かされる


「大丈夫かい?ギルバート」

大丈夫って…

ぼやけた視界がピントを合わせれば、心配そうに苦笑する優男


「うなされていたよ?」


名を呼んでと願う
それでも手は伸ばさない
触れない彼はにこりと笑って、ギルバートと呼んだ


「ジャック、ジャック…怖かったんだ」


喉の奥から絞り出た声は酷く震えていて
ジャックの指がそっと目尻を拭うから
泣いていたことに気付く


もう大人なのに恥ずかしいと思う
でもその手に甘えたいと思う

また矛盾だ
矛盾矛盾矛盾


「それは●●●がだろう?」


知らない、聞きたくない


耳を塞ぐと目の前が真っ赤に染まる
英雄の身体から噴き出た鮮血は噴火したマグマの様に爆発的に視界の様子を一変させて

頭から彼の血を被って、でもどこか彼の血ならいいと心地よく感じて、倒れこんできた肉塊を受けとめると口のまわりを真っ赤にしながらその血液をすすり飲んだ

その味に酔っていると、後ろから現れたそれが血だらけの刃を振り上げていた


ああ、追い付かれたと思って
俺は目を覚ました










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