メンデル研究室
□ギフト・マイ・ハート
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休み時間。
普段とは違いあちこちで女の子達が色めき合う教室の中で、キラは机に体を俯せうとうと眠りかけていた。
「アスランは?」
背後から掛けられた声と同時に、椅子から伝わる振動に顔を上げた。
後ろの席の友達・マシューが用があるときはいつも椅子を軽く蹴るのが合図になっていた。
「ん…アスランに用事あったの?」
重い瞼を擦りながら、後ろを振り返る。
その幼児のような仕草にマシューは思わず口元を緩ませる。ここで「可愛い」なんて言えば、また怒り出すのだろう。
「アスランが見えないからさぁ」
「うん…さっき女の子に呼ばれて教室出ていっちゃったの」
思い出したように、マシューがトイレ行ってた時だよと付け足す。
ふぅん、と気の抜けた返事をしたマシューは制服のポケットを探る。指先に小さな、固いものが当たるとそれを摘んだ。
今日、キラが一人になる機会を伺っていた。
「手、出してみて」
「なぁに?」
差し出した掌に転がされたのは、小さな立方体の形をしたチョコレートのお菓子だった。
しかも、大好きな“いちごミルク味”のパッケージにキラは目を輝かせた。
「え、いいの!?」
「ほら…バレンタインデーじゃん」
「ありがとうっ、マシュー!!」
言うが早いか、その場で包装紙を剥がし口の中に四角いチョコレートを放り込んだ。
幸せそうにほうばるキラを見て、マシューはもっとチョコレートを持ってくるんだったと少し後悔した。
「明日もっと持ってこようか」
「わーい!アスランなら絶対ダメっていうよ」
「そうなの?…あ、アスランにはチョコレートの事ナイショな」
キョトンとした顔をマシューに向ける。
「どうして?」
話す気だったのだろうか。
チョコレートをあげた事がバレれば、アスランに睨まれるだけでは済まされないだろう。
キラを友達以上に、まるで兄弟のように接するアスランの心内が何となく分かっていたから。
「おっ、いいな〜チョコ!俺の分は?」
「お前にあげるチョコなんてねぇよ!このっ」
二人のところに来た別のクラスメートをふざけ半分にマシューは蹴っとばした。パン!と音をたてズボンに上靴の跡が残り、仕返しに悪態を連発される。
足の横っちょを摩るクラスメートをキラが心配して見ていると、今度は自分にちょっかいを出し始めてきた。
「キラにしかあげないもんね。“ホンメイ”チョコだし」
「女の子に“ホンメー”チョコ渡さないなんて馬鹿かよ〜。あ、キラ女の子だっけ?」
「ボク、女の子じゃないもん!!」
顔を真っ赤にして怒るが、二人はゴメンと謝りながらも…ずっと笑っている。
馬鹿にされた気がしてきて、顔が熱くなりジワジワと涙が目に溜まっていくのが分かった。
予想道理の可愛さが伴う反応に二人は笑っているのだが、キラにはそんな事微塵も理解出来るはずが無い。
「キラ!?ご、ごめん…」
「泣かすなよ!!」
涙目になってるキラに気付き、慌てて謝ってくる男子に笑っていたマシューがもう一発蹴りを入れた。再び、パン!といい音を立てて上靴の白い跡がズボンについた。
二人のやりとりが可笑しくて、キラは涙目のままクスクス笑った。
「もういいよ。それより“ホンメー”って何?」
「「……」」
聞いたり覚えたての言葉をそのまま使う年頃ゆえに“本命”の意味なんて殆ど知らないまま使っていた二人は黙ってしまった。
「なんか良くわかんないけど、姉ちゃんが言ってた。一番大好きな人にあげる特別なチョコレートなんだって」
「え、そうなの?俺はコン…“コンニャクシャ”にあげるチョコって聞いた」
マシューとキラは初めて聞く単語に顔を見合わせる。
「じゃあチョコもらったらそいつの一番大好きな人で、その人と“コンニャクシャ”になれるのか?」
「そういう事か〜」
マシュー達の会話を聞いて、思い出したように机の隣に掛けてあるバッグを引き寄せ、膝の上に置いた。二人が気付き、キラのバッグに注目する。