メンデル研究室
□敵軍の歌姫(仮)
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密かに呼び出した部下を目の前に起立させたまま、クルーゼは話し始めた。
「今回は君に重要な任務を預けたいと思うのだが…」
「何なりとお申し付け下さい」
ピン、と背筋を伸ばしたイザークは答える。
「ユニウス・セブン追討式典の視察団の一人として参加していたラクス・クライン。彼女を乗せたシャトルがデブリ帯域で消息不明になり、婚約者のアスランが所属する我が隊が彼女の捜索にこうして狩りだされる事になった訳だが…」
「単独での…彼女の捜索任務でありますか?」
何故アスランではなく自分に?と、イザークは眉をしかめる。
何も答えず、口元に笑みを浮かべたクルーゼは一枚の写真をイザークへ流した。
無重力の中、慣性の法則に従い流れてきた写真をイザークは手にする。
「ここだけの話だが、先程彼女の乗った緊急ポッドを保護した。」
「ご無事でしたか…!隊長、では任務とは…一体?」
プラントの歌姫、そしてシーゲル・クラインの娘でもある彼女を無事保護出来たことに安堵しつつ、イザークは疑問を投げかける。
「写真をみたまえ」
ライトブラウンの色の髪をした、中性的な顔の少年が写っている。
これがラクス・クラインの捜索と、関係あったのだろうか?
「第一印象は、どうだね?」
「男として一言で申し上げるなら…軟弱そうですね」
キッパリと言い切った部下にクルーゼは笑みを深くした。
「彼はキラ・ヤマト。一世代目のコーディネーター…我々が手を焼いている足付きの、ストライクのパイロットだよ」
クルーゼ自身とアスランしか知らない情報を、囁くように言った。勿論、プライドを傷つけられたイザークの執着を知った上で。
「コイツが…!?」
「そうだ。裏切り者のコーディネーター、というわけだ」
憎悪に顔を歪めるイザークに、クルーゼは話の核心に触れた。
「危険は付き物だが…。単独で足付きの内部に侵入し、情報収拾して貰おうか」
「はッ!………は!?」
「安心し賜え、手筈は整えてある。情報収拾といっても、君が足付きの船内で見てきた事を報告するだけで構わん。ラクス・クラインの捜索期間を最大限、有効活用させて貰うだけだ」
クルーゼは席を立つと、ロッカーから何かを取り出した。隊長の背中越しに見えたのは、ゆったりとした衣類。
「君には不審がられぬよう、未だ緊急ポッドに乗りデブリ宙域を漂うラクスとなり、足付きに“安全に”侵入してもらう」
隊長命令に、拒否権は無い。
「……了解しました」
渡されたのは、ラクスの衣装だった。
動き難そうなスカートや爪先が悲鳴をあげそうな靴をみて、イザークは溜め息をつきそうになる。
“女装”の二文字は今までこなしてきたどの作戦よりも、心に重くのしかかった。
「内部調査だ。そうだな、数日程で帰ってきてくれ賜え…手段は問わんよ、ラクス・クライン?」