星にいのりをーReleaseー
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次の日の私立森羅学園は、平和極まりないものだった。青い空に白い雲が浮いていて、初夏の快晴が気持ちいい。
今年入学したばかりの殊音優梨は中庭で絵を描いていた。今日の朝は木の葉と空をスケッチブックに何度も鉛筆で描いては消し描いては消しを繰り返していた。
彼女の日課は、早めに学校に来てその日の気分で好きな場所で絵を描くこと。だが、周りには誰もいない。
優梨はひとりだった。
『ねえ、もうすぐ先生が来る時間じゃないか?』
『早く行かなきゃ遅刻になっちゃうよ』
「……………」
優梨は何も言わず、散らかしていた道具を慣れた手つきで片付けてさっさと退散してしまった。時間を知らせた幽霊達の言葉は聞こえていたが、耳に入る声に返事をしたってロクな目にあう事が目に見えている。幼い頃からそうだったのだ。
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中等部の1年C組に着いて、扉を開けると何やら騒がしい。
「「「幽霊!?」」」
「うん!塾の帰りに!烏森の墓地で変な奴に会ってさぁ!いつの間にか周りにうじゃうじゃ〜って幽霊がいてさ、もうびっくりだよー!」
クラスメートのまん太が小さな手足を大きく使って、一生懸命に何かを話している。
「…まん太、お前大丈夫かぁ?」
「え?何が?」
「何が?じゃねぇっつの。幽霊なんているわけねぇじゃん」
左側に座っている男子がまるで信じていない感じでまん太の話を否定した。
「ふふん。まぁ当然のリアクションだよね…僕だってあんな事なかったら信じてないよ?
…でも見たんだなこれが!」
「はぁ?」
「お前作ってんじゃねーよ」
「作ってないよ!」
「ホントかぁ?ウケ狙ってんじゃねぇのー?そろそろ怪談の季節だし」
「その手の本読んで、ネタ仕入れて来たとか?」
「そうそう」
「でもあたし怪談って結構好き〜!」
続きを聞かせてくれとせがむ女子にまん太は肩を震わせている。彼女もまん太の話を作り話だと前提しているので、本当に信じていない。
ただの暇潰し程度の戯言だと思われているのが悔しかった。
優梨はその話を聞いて、関わらないように彼らの前を通り過ぎようとした。あんな話に自分が巻き込まれたら、とんでもない事態になってしまう。
「あっ!優梨ちゃん!優梨ちゃんなら信じてくれる!?」
「え…何を?」
優梨はびく、と肩を振るわせた。しまった。運悪くまん太の目に止まり引き止められてしまった。話は大体聞いていたが、聞いてなかったフリをした。
「僕昨日、烏森の墓地で星見ながら幽霊とワイワイやってる変な奴を見たんだ!優梨ちゃんのうちって神社でしょ!?なんか分かんない!?」
確かにまん太の言う通り、優梨の家は小さな神社で、御払いなんかも請け負っている。
ただ、本当に小さいし古いので参詣に来る人なんて極稀だし、人の出入りが多い神社によくあるおみくじも御守りも用意していない。本当に廃れた家だ。
「おいまん太…殊音さんが知ってる訳無いだろ?」
「どうなの?殊音さん?」
「……ごめん…分かんないや」
「そんな!!」
まん太はガーン、と絶望的な顔をしていた。周りからは馬鹿にしたように大笑いされ、それを尻目に優梨は自分の席についた。笑い者にされた彼になけなしの良心が痛んだが、問題はない。明日明後日にはまん太もこんな話しなくなるだろう。
「ほらー、席着け。ホームルームの時間だぞ」
先生が入って来たので一時解散となり、みんな机から椅子に座る場所を移した。
(くそぉ…僕は嘘なんか………
……………ん?)
まん太は驚愕した。
先生と一緒に入って来た少年。オレンジのヘッドホンを頭に被り、指定のワイシャツは前が全開でボタンはひとつも留められていないだらしない格好。熊の爪の首飾りを掛けて、素足に上履きの踵を踏んで少し猫背気味で歩く彼は、まん太が昨夜見た幽霊少年だ。
「………あああああああ!!!」
「?」
まん太の大声に周りは驚き少年は突然叫んだまん太を一瞥し、我関せず、といった表情をしている。
「な…なんだ?知り合いなのか?小山田…」
「あ…いえ…」
「じゃあさっさと席に着け!」
先生に注意され、まん太はしぶしぶ席に戻った。
「え〜、この状況を見れば分かると思うがウチに転校してきた、麻倉葉君だ。」
まだ先生がごちゃごちゃ言ってる様な気がするが、まん太は全く聞いていない。色々聞き流している内に、席の話になった。
「じゃあ席は〜…殊音の隣な。あの女子の隣だ。」
ぼんやりしてると、優梨の隣に転校生が座っていた。優梨はさして興味深い訳ではなかったのでじっとしている事にした。
「お隣さんだな、よろしくな」
麻倉葉は優梨に挨拶をしたが、優梨は少し控え目に彼を見た。
「…よろしくね」
「?」
「殊音さんは、いつもあんな感じなんだ。気にしないでいいって。あんまりつるむ友達もいないみたいだしさ」
「ふぅん…」
後ろの席に座る男子が話したことに、葉は一先ず納得する素振りを見せた。
だが気になる。人と話すことに怯えるようなあの態度が、以前にも見たような気がしてならなかった。
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