novel
□balance
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…身体が何か暖かな物に包まれている。そんな感覚を味わい、ゆっくりとまぶたを開いた。
砂をなぜる波の音。
さわさわと風に揺られる白い花。
夜空に浮かぶ霞みがかった満月。
眼前に広がった風景は、何故か懐かしく感じる夜のタタル渓谷だった。
(ここは…)
瞬間、脳裏をマロンペーストの髪を持つ少女が優しく微笑みかけてくる姿が過ぎる。
ドクン、と心臓が跳ねた。
「…何故、俺は生きてるんだ?」
(そして何故、俺の記憶に無い記憶があるんだ…?)
そこまで思って、アッシュは傍らに自分のレプリカが存在しないことに気付いた。
「…っ!」
頭へ流れ込む、膨大なルークの記憶。
その中でアッシュは、自分の中へ溶けることに幸せを感じて逝った、ルークの気持ちを感じた。
これでもう、離れることは二度とないじゃないか
「……っ馬鹿野郎!」
野原一面に咲き誇る、純白の花の中に膝をつき、アッシュは呻く。
(たとえもう二度と離れ離れにならなくても、お前がいないんじゃ意味はねえだろが…!!)
互いの重さで均衡を保つ天秤は、片方欠ければ当然傾いてしまう。
片方の重みだけでは均衡を保つことが出来ないのだ。
(お前がいないこの世界なんて…)
むせ返るほどたくさんの白い花の中で、唯一赤い彼はひたすら涙した。
end