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□告白
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「参謀?まだおったんか」
放課後の自分以外は誰もいない教室。
柳が日誌を書いていた手を止め顔を上げれば、無造作にくくられた銀髪を揺らしながら教室に入ってきた仁王と目が合った。
「日直だ。後少しで終わる。それより仁王、サボりはいけないな」
昼休み以降から教室に全く姿を現さなかった仁王は微笑を浮かべながら、机の下から鞄を拾い上げた。
「屋上で昼寝しとったら寝過ごしてしもてのう。気づいたらこの時間じゃった」
「早く部活に行け。弦一郎の煩く長い説教を聞きたくなければな」
「参謀ももう終わるんじゃろ?それなら少し待つきに」
そう言って仁王は柳の前の席に後ろ向きで腰を下ろした。
仁王の影が少しだけ日誌を覆ってしまい少し書きづらくなったが、構わず柳はペンを走らせる。
日誌の内容も終盤に差し掛かっていた。
「別に俺を待つ必要はないだろう。いいから早く行け」
「まあまあ。たまには一緒に行こうっちゅうとるんじゃ」
全く聞き分けのない物言いにふうっと溜息をついて、柳は仁王と視線を合わせた。自然に眉がぎゅっと寄るのが自分でも分かる。
目の前の男はにやにやと笑って自分の顔を見つめていた。
「・・・さぼりの理由にもならないな」
「ここらで俺らの仲も深めてみんか」
ふざけた台詞とは反対に意外にも真剣な様子の仁王に柳は違和感を覚える。
不意に顎を掴まれた、と思えば覆い被さってくる影。
時が、止まった。
いつも伏せがちな柳の瞳は驚きのために見開かれる。
何故こんな事になっているのか理解不能だった。予測外の展開に脳の処理も追い付けない。
チームメイトでクラスメイトだと言っても、お世辞にも仲がよいとは言えないこの男に。
キス、されている――?
そう理解した時には相手を強く押し退けていた。
「な、にをっ・・・」
慌て片手の甲で唇を拭ったが、柔らかい唇と熱い舌の感触は残っていた。
「・・・好きじゃ。ずっとずっと好きじゃった」
真摯に告げる男の瞳は真剣そのもので。
いつもの質の悪い冗談かと鼻で笑い飛ばせればどれだけよかっただろう。
しかしとてもではないがそんな雰囲気ではなかった。
「お前・・・」
何か言葉にしたかったが、自分の口からはそんなものしか出ず、喉が渇いているせいで声も掠れていた。
固まったままの柳に照れ臭そうに笑った仁王は乾いた柳の唇に親指を触れさせる。
思わずびくりとする柳の身体。
「参謀でも驚く事があるんじゃな。心配せんでもいきなり取って喰ったりせんぜよ」
それだけ言うと仁王は席を立った。
「・・・仁王?」
「やっぱり先に部活行く事にする」
返事はいつまでも待つきに、とだけ言い残し仁王は教室を出ていった。
柳はその後ろ姿を複雑な思いで見送る。
まさかあんな事を言われるとは思っていなかった。
驚きはしたが特に嫌悪感もなく、自分が割とすんなり仁王の言葉を受け入れてしまっている事に気づき、柳は顔をしかめた。
なるべくこの件について考えたくなくて、頭の隅に追いやってみたが日誌に身が入るはずもない。渋々切り上げテニスコートに赴けば仁王の姿はなかったのだった。
「弦一郎、仁王は来なかったのか?」
「全くあいつはたるんどる!最近サボり過ぎだ!蓮二、明日は首に縄を付けてでも引き摺って連れて来てくれ」
「あ、ああ・・・善処する」
部活に行くと言ったのは嘘だったのか。教室を去る間際の仁王の微笑が思い出された。
では先程のやり取りもやはり嘘なのだろうか。
何しろ相手は詐欺師だ。
思考時間に入りそうになった柳だったが、部員達に活を入れる先輩や真田の声が自分を現実へと引き戻した。